第14話 七海沙希の逃避

二日後

まぁ、見つからない。今、俺がどうにかしたいのは自分が退学に追い込まれている窮状ではなく、七海の身の安全。どうやら、この二日間の様子を見る限り、七海は睡眠を授業中に取って、部屋では一切寝ていないに違いない。今日も実らない思考を繰り返すだけで、一日が終わってゆく。


五日後

思いつかない。マジで思いつかない。これってどうにかできるものなの? 神様、答えてください。今日も授業が終わって寮に帰ってきて夕飯食べて・・・。そうそう、ここ数日は夕食会場で七海を見ない。誘ってはいるものの、良い返事は貰えない。たまに国藤は見るけど隣に七海はいない。アイツ、何処に居るんだ? 


七海の様子が日に日に酷くなっている気がする。どうしようも出来ないもどかしさだけが増していく。今日も一日終わるのか・・・・。自己嫌悪なんて無縁だった人生だけど、最近は身近な存在に変化した。


「あそこに沙稀が見えるわ」


ベッドに座り込み、思いつきを待っているとゆずが戯言を放つ。

 

「そうか」

 

「本当よ!見て!」

 

語気を強めるゆずさん。これまでそんな姿を見たことなかったから少し驚く。

 

「見て!!!」

 

ベランダから見るくらいならな。確かに、このベランダからは広場が見えて、その広場には夕方までは人が沢山いる。

 

現在時刻、23時。


半信半疑でベランダから覗く。

 

七海は、居た。

 

「ちょっと行ってくる」

 

「・・・」

 

廊下を歩くけど、もうほとんどが寝ているのか静まり返っている。

 

何故、七海はベンチで寝転がっているのか。

 

不安だけが積もっていく。

 



「七海は強いからなぁ」

 

その声を信じていた。信じたかった。そう信じていたままでいて欲しかった。


だけどそろそろ限界かもしれない。立ちくらみを起こすことが増えたし、物を思いだそうとしてもなかなか思い出せない。昨日のウチが何をしていたのかも分からない。


保証されているのは生きていたっていう過去の事実で、今日からの生は保険に加入できない程の確率だと思う。分かってる。


今すぐにでも英慈に助けを求めれば明日の生を確約できるって。


・・・大げさだなぁウチ。人はこれくらいで死なないって。もう四月。そろそろ暖かくなる季節で・・しょ・・?

 

「おい」

 

「あー・・・英慈・・・」

 

「何してるんだ」

 

「見つかっ・・・ちゃった・・・よ」


英慈の声が聞こえる。その声に勝手に喉が反応して声を返す。

 

「部屋、帰るぞ」

 

「嫌・・・」


嫌だ。それだけは、嫌だ。これまでしてきたことが全て無駄になる。


「俺の部屋だ。立ち上がれないのか?」


予想外の言葉に反応出来ない。

 

「・・・」

 

「はいはい。おぶってやるよ」

 

英慈の背中に軽々と乗せられる。英慈の匂いがして少し嬉しくなっている自分が悔しい。

 

「あの・・・さぁ・・・」


尋ねる。

 

「何だよ」

 

「ウチ・・・弱かったよ」


あぁ、言っちゃった。


「・・・」

 

「・・・弱くて・・何も・・・出来なかったよ・・・」


思いがつらつらと言語化される。


「・・・喋ると怒るぞ」


ウチは何も出来なかった。逃げることしか出来なかった。そして逃げ切ることも出来なかった。一人でどうにかするって決めたのに。





「ゆず、着替えと・・・」

 

「用意してあるわ」

 

大体の事情は察しているらしい。ゆずのベッドの上には着替えであろうパジャマがおいてあって、さっきまでぐちゃぐちゃだったシーツは綺麗になっている。


後ろで寝ている七海をベッドの上に置く。

 

「着替えさせといてくれ」


背中が濡れている。小雨とはいえ、長時間外にいたらあれだけ濡れるのは当たり前か。





暖かい。久しぶりの感覚が体を包んでいる気がする。えーと・・・。どうなったんだっけ。ここは・・・・天国か地獄かの二択だとしたら天国になるのかな。沢山未練あったけど無事成仏できたんだね。

 

「・・・・・だからってカレーはアホだろ!」

 

「バカね。英慈はカレーを食べてないから低能って言われてるのよ」

 

「おい。教えてもらおうじゃないか。そんな酷いこと言ってるヤツを」

 

「私よ。バカね」

 

「お前かよ!!!!」

 

天国って騒がしいんだ。想像とは真反対の環境音だけど・・・って英慈? ゆず?

 

「もう俺が行ってくるよ。七海を起こすな・・・」

 

「あはは・・・。おはよう」


タイミング悪く起きてしまったらしい。

 

「沙稀。黄泉返ったのね」

 

「その字面を確認したいが・・・。早速お話したいんだがお嬢さん、大丈夫かな?」

 

「でも授業が」

 

「大丈夫。今日は三人でサボりだ。」

 

「・・・分かった。どこから知りたいの?」

 

「全部」

 

「仕方がないね。ま、話ながらでもカレーは食べれられるからね」

 

そっとゆずの顔を見ると・・・喜んでる。というか、勝ち誇っている。

 

「英慈」

 

「・・・なんでしょうか、ゆず様」

 

「今度、ハーゲンデッツ奢りね」


ここで普通のアイスと言わずハーゲンデッツと言うのがいかにもゆずらしい。

 

「・・・はい」

 

ふふっ

 

「何笑ってんだよ」

 

「別にー」


英慈がため息をつくのが見える。でもこれ、照れ隠しなの知ってるよ。


「それじゃぁ・・・話すね」

 

これまでのことを全て。

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