第15話 理事長室
お風呂に行くって言ってたから、今頃はここ数日間の疲れを癒やしているところだろう。
想定の範囲外の行動だった。
昨日の夜は寝ずに考えていて、常識を投げ捨てた行動も思い浮かべてはいた。
ただ、現実として七海の口からその言葉を聞いたときは驚かずにいられなかったよね。
前々から意思は強いって思っていたけど、ここまでとは知らなかった。
そして・・・もはや意固地とも受け取れるような行動を援護していたのが俺の言葉ってことも理解した。
別に、「強いままでいてね」という意味では言ってないけど・・・。
黒羽英慈の配慮が足りなかったってことだけは間違いない。
んで、今、目の前にはこの時代に似つかわしくない、大きな木製の扉がある。
いわゆる理事長室ってヤツですよ。これは俺が解決しなくちゃいけない。深呼吸をして息を整える。
昨日の夜から何度も自分に問いかけてきた。覚悟はあるのか、と。
「もう充分だよ。」
口に出してみる。もう一度だけ息を整え、扉を押す。
「失礼します!」
頭を下げた先には理事長がいるはずだ。
「君・・・は誰だい?」
「一年、黒羽英慈と申します」
「ほぅ・・・顔を上げても構わないよ」
顔を上げた先には。三十歳・・・いや、二十歳?
「若い」だけが確定事項の年齢不詳な男性がいた。
既存の単語で彼を表現するなら「若旦那」。
若さの裏に歳不相応な落ち着きが見える。
「ところで何の用だい?今の時間なら授業もあるだろう」
勝負だ。結局、国藤を退学させることや、ゆずを諦めさせる方法なんて思いつかなかった。
相手が悪すぎる。つまり、黒羽英慈が取れる方法は一つだけしかない。正直、無茶苦茶だ。でもこれしか思いつかない。
「一年生、七海沙稀を例外的に一人部屋へと変更する許可を彼女に与えてください」
「少し言ってる意味が分からないかな」
「説明させてください。大丈夫でしょうか」
「どうぞ」
そう言って俺に話をするよう促す。
「はい。七海沙稀のタッグパートナーをご存じでしょうか」
「いや、存じていないな」
「国藤慶輔です。」
「ほぅ・・・」
「何らかの理由により、七海沙稀は一週間程部屋で生活をせずに、広場にて生活をしていました。直接的な原因については言及しませんが、このままだと彼女の生命に関わる事態に発展する恐れがあります」
「一体、何らかの理由とはなんだい?」
「・・・発言しても大丈夫なのでしょうか」
「・・・」
「事情は察しております。何卒、許可の方をお願い致します」
理事長は目を閉じて何やら考えている。
「・・・そうだね。理由は言わないでもらえると助かるかな」
予想通り。教員サイドは国藤慶輔に手を出せない。
ただ、悪事は認知しており、見て見ぬ振りをしているだけなのだ。
この話を事実と確信したのは殴って殴られたあの日からだ。
最初は「コケた」と言い続けていてもなかなか保健師は信じてもらえなかった。
ただ、場所・・・つまり「コンビニ前でコケた」と言った少し後から、あっさりと信じてもらえた。
あの時はただ不審に感じただけだけど、この一週間で体験してきたことが確信に至るようになった。
この学校は先進的な技術を積極的に採用している。
至る所に防犯カメラがあって、至る所でユーザー認証がされている。現に、寸分も狂っていない自分の行動履歴が端末から確認可能だ。
これ、教員だったら全生徒の行動履歴が確認可能なのじゃないのか?
あの時、保健師が端末を操作していたことは覚えている。おそらく、コンビニ付近の生徒の行動履歴を確認してたのだろう。
これが理由となり、「教員は知っているけど手を出せない」という俺の空想が現実だと確信を持つことが出来た。
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