第26話 夜道を一人で歩けるようになっても
わたしたちは三年生になった。受験勉強は本格化する。
蓮との公園での活動――なんちゃって部活動――の時間を短くし、その分を受験勉強に割り当てる。夕食の時間近くまで、わたしは自宅の和室で、彼と一緒に受験勉強をする。わたしと彼では志望学科が違う。わたしは心理学科、彼は情報科学科を志望している。だから、試験科目が全て同じというわけではないのだが、被らないわけではない。被る科目のみ、彼と一緒に勉強するのだ。被らない科目については夜、一人で勉強する。
――夏休みに入る前――
「葵、今年の花火大会、行くの? あたしと桜は行くけど」
「そうね、わたしも行くつもり」
夏休みに入ったらすぐに始まる花火大会。小百合と桜が行くというのなら、わたしも行く。しかし……
「行くって……大丈夫なの?」
「そのことだけど、蓮も誘ってみる。二人で行けば、なんとかなるでしょうし」
自宅の位置が理由で、小百合や桜とは一緒に行くことができない。
わたしは蓮の席に向かう。後ろから小百合が付いてくる。
彼は席に座って本を読んでいる。二年生の時まで漫画や雑誌、ライトノベルだった本は、今では学習参考書になっている。
「蓮、話があるんだけど」
「話って何? 葵」
「今年の花火大会なんだけど、わたしと一緒に行かない?」
「いいよ、ぼくも行く予定だし」
こうして、わたしは彼と一緒に花火大会に行くことになった。
――花火大会当日――
「葵! 蓮くんが迎えに来ているわよー!」
「ちょっと、待ってー!」
もう少しで浴衣に着替え終わる。だから、もう少し待っていて。
浴衣に着替えて髪型をお団子にしたわたしは、部屋を出て階段を下り、玄関に向かう。
玄関で下駄を履いたわたしは扉を開ける。
「お待たせー」
門の外で蓮が待っていた。彼の服装は半袖シャツにジーパン、スニーカーだ。男の子だからか、花火大会だからといって、特別な服に身を包む気はないらしい。
門を開けたところで、蓮が「それじゃ、行こうか」と声をかけてきたので、わたしは「うん」と答えた。
時刻は午後七時を過ぎたところ。日は既に沈んでいるものの、まだ少しだけ明るさが残っている。
花火大会は七時三十分から始まる。花火大会の会場まで、ここから徒歩で二十分なので、充分間に合う。
朝月台第一のバス停から歩いて少しの所に、右に曲がる道があるので、そこに入る。単に花火大会の会場まで行くのなら、緑野国小学校付近を右に曲がるルートが、一番シンプルでわかりやすいのだが、あの小学校の前はできるだけ通りたくない。以前、彼と一緒に訪れたとはいえ、やっぱり怖い。
先程入った道を、そのまま進んで突き当りを左に曲がって進むと、十字路が見えるので、そこを右に曲がって歩いて行けば、花火大会の会場に着く。
花火大会の会場に着いた。そこには既にたくさんの人がいた。更に色とりどりの屋台も並んでいて、始まる前からにぎやかだ。
「あ、いたいたー!」
声がした。声の主は桜かしら?
声がした方に振り向くと、そこには小百合と桜がいた。二人とも手を振っているので、わたしも手を振った。
いたのは小百合と桜だけではなかった。蓮の友達も、鬼瓦くんたちも一緒にいた。途中で会ったのか、合流したらしい。
服装を見てみると、女子はほとんどが浴衣姿。浴衣姿じゃないのは獅子城さんくらいで、彼女の服装はチューブトップにショートパンツ、サンダルだ。彼女の家庭環境がアメリカナイズされているからなのかどうかは知らない。
「蓮君、君は日和塚さんと一緒に来たんだな」
「ああ、そういうきみは矢追さんと一緒か」
蓮が芥木くんと話している。芥木くんの隣にいるのは矢追さん。以前、蓮から聞いたけど、芥木くんと矢追さんって、初体験を既に済ませたカップルなのよね。わたしと蓮は……
とりあえず、花火が打ちあがる前に何か買ってこよう。わたしたちは屋台で食べ物を買ってきた。わたしが買ってきたのは、イチゴ味のかき氷だ。
そろそろ花火大会が始まる。この頃には空はだいぶ暗くなっていた。
かき氷を食べながら空を見上げると、金色に輝きながら尾を引いて上昇する火球が見えた。ヒュ~という音も聞こえる。花火が打ち上がり始めたのだ。
ドン! という爆発音が聞こえると、火球は小さな光の
「たまや~!」
美しい花火を見て、思わず掛け声を出してしまった。まわりからも「たまや~!」という声が聞こえる。
花火は何発も打ち上がった。どれも美しい。中にはハートの形だったり、何かのキャラクターの形だったりと、面白い形の花火もあった。そんな花火がカラフルに煌めくのだから、幻想的だと言う他ない。
花火大会が終了した。わたしたちは帰路に就く。
最初の十字路で多くの人が別々の方向に帰っていった。
「それじゃあね~!」
桜は右に曲がり、鬼瓦くんたちは真っ直ぐ進んでいった。
「葵、途中まであたしもついていくわ」
「え? それだと遠回りになるんじゃ……」
「いいのよ、どうせバスを使って帰るわけだし」
こうして、途中まで小百合も一緒に帰ることになった。
わたしと蓮、小百合は住宅街を一緒に歩いている。
「ところで、葵」
「何? 小百合」
「あなたの様子を見ると、以前ほど夜道を怖がっていないみたいだけど、もう大丈夫なの?」
「治療によって、だいぶ良くなってきたみたい。だけど、まだ一人では怖いわね」
「そう……そのうち、一人でも夜道を歩けるようになるといいわね」
「そうね……」
一人でも夜道を歩けるようになる――そうなればいいと思う。けれどもそうなると、彼と一緒にいる必要がなくなる、ということだろうか。そう考えると、心にぽっかりと穴が開いていくような気分になった。
彼がわたしから離れて遠くに行ってしまう――そんな場面が頭の中に浮かんだ。
「それじゃ、あたしはここからバスに乗って帰るから」
「うん、それじゃ、またね」
朝月台第一のバス停で小百合と別れた。わたしと小百合は互いに手を振った。小百合はバスを待つため、その場に留まる。
わたしと蓮は自宅に向かう。
「葵」
「何? 蓮」
「……きみの手を握ってもいい?」
「いいわよ」
彼は、わたしの手を握った。親しい人とは互いに手をつないでいた方が心強いので、わたしとしては歓迎である。
彼に手を握られながら、わたしは夜の住宅街を歩く。
彼には色々とお世話になった。泣いていたわたしに手を差し伸べてくれた。公園では部活動の代わりを一緒にやってくれた。勉強も一緒にやってくれた。クリスマスパーティーが終わった後、一緒に帰ってくれた。母校を訪れる時に一緒に付き合ってくれた。ホワイトデーに美味しいクッキーをもらった。
心の傷が完治すれば、わたしは一人でも夜道を歩けるようになるだろう。彼と一緒にいなくてもいいということに……嫌、それは嫌! わたしは彼と一緒にいたい!
――ずっと彼と一緒にいたい!
あれこれ考えているうちに、自宅の前に着いた。
「それじゃ」
彼が手を振る。帰ろうとしているのだ。
「待って! 蓮!」
「何だい? 葵」
彼に言わなければならないことがある。そう、わたしが彼に願いたいことだ。
「蓮、わたしが夜道を一人で歩けるようになっても、一緒にいてくれる?」
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