本を読むことは街を歩くこと
論文のような本を読み始めると、私はなぜかどことも知れない街を歩き始めていた。どうやら、街を歩くことが、その本を読むことらしかった。
――神はいるかもしれないし、いないかもしれない。そういうスタンスをとる不可知論者は外国では嫌われている。
街を歩くことで本の一節一節が頭の中に響いてくる。
――議論をするためにはどちらかの立場に立たねばならない。あやふやな立場をとる不可知論ではそれができないのだ。
巨大なビルへと続くエスカレーターに乗った。
手すりの上に鉄筋ブロックのようなものが取りつけられている。触ると手が汚れそうだったが、落ちるのではないかという恐怖があり、掴まずにはいられなかった。
――悪魔の存在を否定されると損害を受ける者たちがいる。彼らは反論者を議論で徹底的に打ち負かそうとするだろう。不可知論を嫌うのはそういう者たちだ。
エスカレーターを登りきったターミナルには、鋭い顔つきの白人2人と彼らを迎える数人の男たちがいた。
彼らはたった今入国してきたようだ。
「日本というのは徹底した非武装地域だな。この俺からも銃を取り上げる」
白人の男はおどけた口調で言うが、目つきは鋭いままで、言葉の響きにはドスが効いている。
彼らは銃の代わりに楕円状で引き金のついたものを手に構える。手なぐさみのようなものだろうか。
私は男たちとともにビルの一室に入る。
白人の男は私をからかうことにしたのか、銃の代替である楕円状のものを突きつけてくる。
それを払いのけようとするとニヤニヤと笑い、私を殴り始めた。
黙って殴られるわけにもいかない。私はボクシングのディフェンスを行い、パンチをブロックしようと身構える。
だが、その瞬殺、白人の男は前蹴りを放つ。両腕のブロックは下から弾かれ、そのまま私は後方へ吹っ飛んだ。
逃げなければ……。そう感じた私は部屋から抜け出す。
部屋の外は裏口となっていた。巨大ビルとは思えない、狭い古ビルのような階段を降りる。
必死で逃げながら、私は自分が女性であることに気づいた。だから、白人の男はちょっかいをかけてきたのだろう。
巨大ビルは研究施設だ。だが、私は研究者ではない。
ビルの裏側には、丸くまとめられたケーブルが道いっぱいに置かれていた。
トラックの荷台にも置かれている。
これを見て合点がいった。
私は技術職として巨大ビルに雇われているのだろう。
それはそうと早く逃げなくては……。
私はなんとかしてその場から立ち去ろうとする。だが、空気の抵抗でもあるのか、どれだけ走っても僅かに前進するのが精いっぱいだった。
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