第13話
駅ナカのショップを周り、何足ものスニーカーを試着した末に、藍ちゃんは白にラムネ味のシャーベットみたいな色のラインが入ったものに決めたらしい。会計を終え、紙袋を提げた藍ちゃんは、満足そうにほほえんだ。
「いいの見つかってよかったね」
「うん。つきあってくれてありがと。かさねは何かほしいものないの?」
靴屋さんをあとにし、アクセサリーショップの前をぶらぶらと歩きながら、わたしは「んー」とうなった。
ほしいものと言えば、お菓子の材料や道具くらいのもので、しかもそれはさとうさんとの物々交換でほとんど足りているから、最近はあまり買い物をしていない。買い足すのは、日持ちしないフルーツくらいだ。
さとうさんと会う日のためにかわいい洋服はほしい気もするけど、今は真冬。コートでコーディネートのほとんどが隠れてしまう。それならあたたかくなるまで待って、春服に奮発したいなと思ってしまう。
「これと言ってほしいものはないけど……見てて癒されるものって何かないかな?」
「見てて癒されるもの?」
「何かこう……悩んでるときに見ると落ち着くなぁってもの……藍ちゃんにはある?」
藍ちゃんはわたしのため息の日々を思い出したのか「あぁ」とうなずいた。
「そういうことだったら、あたしは火かな」
「火!? 藍ちゃん、火遊びはだめだよ」
「火遊びって。言い方」
こめかみをつんっと小突かれる。それだけでわたしはちょっと右側によろけた。
「キャンドルとかの火だよ。ゆらゆらって揺れるオレンジの火を見てるとさ、頭空っぽにできるんだよね。いろんな香りがあってすごくリラックスできるんだ。イメージトレーニングするときに使ったりもしてるよ」
わたしはこめかみをさすりながら、藍ちゃんのとなりに戻る。
キャンドルかぁ。アロマキャンドルとか、かわいいなぁと思ったことはあるけど、買ったことはない。贈り物にだったら考えるかもしれないけど、部屋でキャンドルを焚いている自分を想像できなかった。
「わたしも火を見たらいいケーキ思いつくかな」
「それは分かんないけど……気分転換にはなるからおすすめだよ。見に行こうか」
わたしは何となく未知の世界に足を踏み入れる気分で、重々しくうなずいた。
藍ちゃんに連れられて、駅を出て少し歩いたところにある、小さなキャンドルショップにやってきた。
小さな店内には木製の棚が、木の枝さながらに張り巡らされており、そこに木の実のようにキャンドルが並べられていた。いろんなキャンドルの香りが混ざり、嗅いだことのない香りに仕上がっている。だけど、不快ではなく、どこか懐かしい気持ちになるのが不思議だった。
「ここ、たまに来るんだ。ここのはかわいいから、火はつけないで観賞用って感じだけど」
キャンドルの森に迷いこんだかのようで、わたしはきょろきょろと視線を定められずにいる。そんなわたしを導くように、藍ちゃんは声をかけてくれる。
「かさねはどんな香りが好き? ジャスミンとかローズとかのお花系もあるし、シトラスとかベリーとかのフルーツ系もあるよ」
「そうだなぁ……好みなのかは分かんないけど、気づくとシャンプーとかリップとか、みんなシトラス系になってることあるよ」
「それはもう好きってことでしょ」
藍ちゃんは笑って、ひとつの棚の前で足を止めた。その棚を見ると、ガラスの器に入ったキャンドルが並んでいた。
透明なろうの中にドライフラワーが入っていたり、水色のには貝殻やヒトデが浮かんでいたり、いちごミルクのアイスクリームみたいに白とピンクのマーブル模様のものもあった。
たしかに、これはかわいくて火をつけられないかも。
そう思いながらキャンドルをひとつひとつ眺めていると、藍ちゃんがその中のひとつを指さした。わたしの視線はそのキャンドルに誘われる。
「これなんてどう? 2層になっててかわいくない?」
そのキャンドルは、下半分が白、上半分が透明のろうでできていた。ガラスの器は、ハート型。そして、透明な部分にはフルーツの輪切りが並んでいた。キウイ、いちご、オレンジ、レモン。もちろん、本物ではない。質感を見るに、それらのフルーツもろうでできているのかもしれない。
わあ、かわいい。そう思うと同時に、頭の中でぱっと火花が散った。そんな感覚があった。
「これだ!」
「え? そんなに好みにぴったりだった?」
「好み。たしかに好みなんだけど、それより……ケーキのデザイン思いついた!」
「まだ火見てないのに? 早くない?」
わたしはそのキャンドルを手に取り、すうっと香りを吸いこんだ。さわやかで、甘ずっぱい香りがした。
「連れてきてくれてありがと、藍ちゃん。これ買ってくる」
「まあ、よく分かんないけど……悩みが解決したのならよかった」
藍ちゃんは首をひねりながらも口もとに笑みをにじませた。
明日のバイト帰りに、フルーツを買わなくちゃ。
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