キャンドルとレアチーズ
第12話
思いつめ、ため息をついているうちに木曜日になってしまった。
今週作る予定のレアチーズケーキのアレンジは、まだうっすらとも決まっていなかった。
それもこれも、さとうさんが無駄にハードル上げるからだ……まあ、本人に自覚はないだろうけど。
果物のソースを表面に垂らしてマーブル模様にしようかな。でもそれはありがちだよなぁ。キャラメルとか抹茶風味にしてみるのもアリかな? でも、さとうさんは『レアチーズケーキ』を期待してるんだし、あんまり味に変化つけすぎるのもよくないかなぁ。
あああ、もう何も思いつかない。
どうしよう!
授業に身が入らないまま、放課後になってしまった。ぼーっとしながら鞄に荷物を詰めていると、誰かがわたしの机の前に立った。このクラスに仲のいい友だちなんていない。
わたし、委員会の仕事忘れてたりとか、提出物忘れてたりとかしてたっけ?
そう思いながら顔を上げると、正体は藍ちゃんだった。
「かさね、いっしょに帰ろう」
「え……藍ちゃん、部活は? 平日は休みないはずじゃ……」
「今日は顧問がいなくてさ。そういう日ってみんなたるむから、たまにはサボって自主練だけでいいかなって」
藍ちゃんは口もとに手を当てて、ないしょ話をするようにこそこそと言った。わたしはおどろいて目を見開いてから、共犯者になったような気分で肩をすくめた。
「藍ちゃんらしくないなぁ」
荷物をまとめ終えて立ち上がり、藍ちゃんと並んで教室を出る。
廊下は下校する生徒や、練習着に着替えた運動部員や、パート練習の場所を求めてさまよう吹奏楽部員などが行き交い、混みあっている。
「かさねこそ、最近『らしく』ないじやん。ため息ばっかりついてさ」
藍ちゃんは放課後のざわめきにかき消されないように、だけどだれからも注目されないような絶妙な大きさの声で言った。
「えっ……そんなについてた?」
藍ちゃんといっしょにいるのは登校時間と昼休みだけで、そのときはなるべくケーキのことは忘れようと自分に言い聞かせていたのに。
藍ちゃんはウインドブレーカーのポケットに手を突っこみながら、じとっとした視線を向けてきた。
「ついてた。それはもう、『幸せよ、逃げてってください』ってみずから言うように」
「そんな大げさな」
「で? どうかしたの?」
ケーキのことで悩んでるって言ったら、さとうさんとの関係を勘繰られたりしないかな? 藍ちゃんはまだ、わたしとさとうさんは一度しか会ってないと思っている。こんなところでボロを出したら面倒なことになる。
とはいえ、悩みごとを即興ででっち上げられるほど口達者じゃないし。
ていうか……藍ちゃん、もしかして……。
「それ訊くために、部活休んだの?」
「別にそういう訳じゃないし。部活サボるついでみたいな?」
藍ちゃんは食い気味に、早口で言った。こういう態度のときって、図星のことが多いんだけど……藍ちゃん、自分では気づいてないんだ。
藍ちゃんはぶっきらぼうなようで、意外と世話焼きなところがあるのだ。そんな優しいとこ見せられたら、嘘ついたりごまかしたりなんてできなくなっちゃう。
さとうさんのことは伏せたままで、本当のことを打ち明ける。
「ケーキのデザインが思いつかないんだ。新しい感じのレアチーズケーキにしたいんだけど……」
そう言った途端、藍ちゃんは笑い声を上げた。わたしは下駄箱の前で、上履きをしまおうとした格好のまま固まってしまう。
「なーんだ、お菓子のことか」
「なんだじゃないよ。真剣に悩んでるんだよ」
「この時期に思いつめてるから、てっきり進級が危ぶまれているのかと」
藍ちゃんはすでにスニーカーに履き替え、つま先をとんとんと鳴らしている。
たしかに、わたしはお菓子作り以外で得意なことがなく、勉強もできる方ではない。すべて平均点が取れたら上出来というくらい。
「そっ……そこまで成績ひどくはないよ!」
先に昇降口を出ていく藍ちゃんの背中に声をぶつける。
急いで靴を履き替えて外へ出ると、乾いた北風が吹いていた。青空が見えているのに、ちらちらと細かい雪が舞っている。安達太良山に降っている雪が、風で飛ばされてここまで来ているのだろう。
「ごめんごめん。冗談だってば」
「もう……藍ちゃん、わたしのテストの点数知ってるくせに」
グラウンドからは野球部のかけ声や、テニス部の軽やかなボールの音が聞こえてくる。
わたしたちは傘も差さずに、雪の散る外へ歩き出した。マフラーの隙間から雪がひとひら、首すじに入りこんできた。あまりに冷たくて、指に針が刺さったくらいの痛みを感じる。
「ねぇ、かさね。買いものして帰らない? あたし、新しいスニーカーがほしいんだ。通学用の。つきあってくれない?」
「うん、いいよ。駅までどうする? この時間ならバス、空いてそうだけど」
学校を出てすぐのバス停を指さす。何人か並んでいるけど、1本目で定員オーバーするほどではないはずだ。
藍ちゃんはバス停を一瞥すると、ポケットから手を出した。
「部活サボった身でバスなんて楽できないから……走る!」
藍ちゃんは青信号の横断歩道へ駆け出した。
「え!? 走るなんて選択肢ないよ!」
信号が点滅しはじめる中、わたしは雪がマフラーの中に入ってくるのもかまっていられず、必死に藍ちゃんを追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます