第11話

 さとうさんはケーキの箱を大事そうに閉めると、テーブルの端に寄せた。代わりに、荷物入れの中に入っていた袋を目の前に置く。例の、おつかいの品だろう。


「ねぇねぇ、ミントちゃん。クリームチーズと生クリームとビスケットってことはさ……」


 さとうさんはあごに指を添え、名探偵みたいにきらっと目を光らせた。


「来週はレアチーズケーキでしょ?」


 大正解。さすがに、お菓子作りをしなくても、スイーツ好きには分かっちゃうか。


「まだレアチーズの口にはならないでよ」


 目をすがめて釘を刺すが、さとうさんはのんきにガッツポーズしている。


「やった、当たりだ!」

「クイズじゃないんだけど……」

「あたし、レアチーズ好きなんだ~。ベイクド、スフレ、レアチーズが並んでたら、絶対レアチーズ選んじゃう」


 ということは、レアチーズケーキは食べ慣れているということだ。

 レアチーズの主な材料は、クリームチーズと生クリームとヨーグルト。その割合がレシピによって違うくらいで、だいたいは同じような味になる。

 何か工夫しないと、こんなもんか、と思われちゃうかも……。まあ、さとうさんは優しいからそんなこと思わないでくれるだろうけど……「こんなもん」なレアチーズは作りたくない。

 レアチーズの作り方はわりと簡単なのに、こんなにハードルが上がるとは……。来週末までに何か考えなくちゃ。


 ふと視線を上げると、さとうさんと目があった。黙りこんでるあいだ、ずっと見られていたみたいだ。変な顔をしてなかったか不安になっていると、さとうさんはふふっとほほえみかけてきた。不安は吹き飛び、思考が溶けそうになる。


「あー、もっとしゃべりたいなぁ。ミントちゃんの学校生活のこととか、お菓子作りのこととか、お菓子作り以外で好きなこととか……、いっぱい聞きたいことあるのに」

「そんなにおもしろい話なんてないよ」


 さとうさんは口に運びかけたカップをテーブルに戻した。ぐっと身を乗り出してくるので、同じだけわたしはのけぞった。


「おもしろいに決まってるじゃん! あたしにとって、ミントちゃんは気になる人なんだから。気になる人の話なら、どんな話でも楽しいよ」

「でもわたし、話すの下手だし。自分から話題出すのも苦手だし」


 そう言いつつ、Twitterでのコメントのやりとりを思い出す。ノリがよく、饒舌で、いくらでも話せていた。たいてい軽口の言いあいみたいなもので、自分に関することじゃなかったからかもしれないけど、Twitter上とあまりに違いすぎて引かれるかな。

 文字だったらうまくしゃべれるのに――。


 さとうさんは何かを感じ取ってくれたのか「じゃあさ」とやわらかい声で言った。


「ひとつずつ訊いていい? 毎週、こうやって会うたびにひとつ、あたしがミントちゃんについて知りたいこと」

「毎週……ひとつ?」

「この前は年齢を訊いたじゃん? あ、まあ最初は仕事のことだったけど……」


 たしかに、どんな仕事をしているのかって訊かれたっけ。思い返し、こくんとうなずく。


「あたし、ミントちゃんのこともっと知りたい。ミントちゃんにも、あたしのこと知ってほしい。ちょっとずつ教えあおう」


 さとうさんはわたしの目を覗きこみ、淡いえくぼを作った。


 友だちは、最初からなろうとしてなるものじゃなくて、気づいたらなっているものだ。

 ほとんどの人がそう言うだろう。

 ネットからの出会いがめずらしいものじゃなくなってきているとはいえ、わたしたちの関係を非難する人はいると思う。現に、藍ちゃんにだって反対されてるし。

 だけど、こういう「友だちのはじめ方」もありじゃないかな。

 だって――


「わたしも……さとうさんのこと、知りたい」


 わたしのことも知ってほしいから。

 友だちになりたいと思ったときから友だちでいいんじゃないかな。


 さとうさんが笑う。わたしもつられて笑みがこぼれた。

 やっぱりどきどきするけど、なぜだか心が落ち着く感じもする。さとうさんと出会ってから、名前の分からない感情に悩まされることが増えた。いやなわけじゃないけど……何かくすぐったい。


「じゃあ、今週の質問、いい?」

「う、うん」


 さとうさんは椅子に座り直し、姿勢を正した。わたしも自然と背筋が伸びる。

 何か……こう改まってみると、お見合いみたい……。

 さとうさんはすっと息を吸うと「ミントちゃん」と少し固い声を出した。


「部活、やってる?」

「……ごめん、帰宅部……」


 フードコートのざわめきがやけに大きくなったように感じた。こんなに盛り上がっていないテーブルなんて、ここくらいかもしれない。


「そっか~。ちなみにあたしも高校時代は帰宅部だった」

「そう……」

「うん……」


 ……え?

 質問タイム終了?


 さとうさんの顔に、めずらしく焦りの色が滲んでいる。

 わたしが帰宅部だったのは想定外だろうから仕方ないとしても……。


「ごめん! 自分も引き出しないような質問してごめん! 来週は! がんばるから!」


 なんだろ、この締まらない感じ……。

 こんなんでわたしたち、ほんとに友だちになったってことでいいのかな……?

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