第10話
午後2時半の郡山駅フードコートは、お昼どきを過ぎたにも関わらず多くの若者で賑わっていた。
客席のざわめき、店から聞こえる料理の音、水の音。どこかの席で、食事ができたことを知らせるブザーの音が鳴っている。
ラーメンやうどん、揚げ物などの美味しそうなにおいが漂っている。小腹が空いた女の子たちが甘味を求めるにはまだ早いのか、クレープ屋は暇そうにしていた。
早めに着いちゃったし、さとうさんはまだ来ていないだろうな。空いている席を見つけて、飲みものでも買って待っていよう。
客席を見渡しながら、狭い通路を進んでいたときだった。
壁際のふたりがけの小さなテーブルに、見覚えのある栗色のショートボブが目に入った。椅子の背もたれには、臙脂色のコートがかかっている。
万が一人違いだったらいやなので、そっと気配を消して近づく。テーブルのわきに立ったとき、俯いてスマホをいじっていた彼女が、不意に顔を上げた。この前とは逆で、わたしが見上げられる立場になる。上目遣いに、無防備な表情。
「さとうさん」
そう呼ぶと、さとうさんは一瞬目を見開き、すぐに笑顔になった。きらきらと輝く瞳の先にいるのがわたしだなんて信じられない。わたしと会うだけでこんな顔をしてくれる人、今までいなかった。
「ミントちゃん! よかったぁ、ミントちゃんと友だちになれたこと、夢じゃなかったんだ」
友だちになれたことをこんなに喜ばれたこともない。こっちこそ、これって夢じゃないかと思ってる。
さとうさんはわたしの手を取って、そっとソファ席に誘導してくれた。荷物を置き、座ろうとしたとき、さとうさんはふふっと笑った。
「ミントちゃん、今日はスカートだね」
結局、迷いに迷ってひざ丈のフレアスカートを選んだのだ。冬っぽい、グレーにちょっと赤が入ったチェック柄。タイツは120デニールの分厚いやつだけど、裏起毛デニムよりは細く見えるだろう。
「めっちゃ似合う。かわいい」
ダサいって思われるのもいやだけど……これはこれで恥ずかしい。
座ってテーブルを見ると、空になったカップがあった。
「ごめん、待たせちゃったよね」
「いいのいいの! 気にしないで。あ、ミントちゃん、座っといて。何か買ってくる。コーヒーは好き? カフェラテとか飲める? あ、それともタピオカの方がいいかな?」
「カフェラテは好きだけど……」
「分かった! ちょっと待ってて!」
そう言うと、さとうさんはデザートショップへと向かっていった。取り残されたわたしは、底にうっすらとコーヒーが残っているカップを眺めた。5分と待たず、さとうさんは戻ってきた。両手にカップを持っている。
「はい、お待たせ」
さとうさんは店員さんのような手つきで、優しいミルクの泡が浮かんだものをわたしに、コーヒーを自分の前に置いた。わたしは財布を開き、小銭を探る。
「あ、ありがとう……いくら?」
「いいからいいから。ミントちゃんにごちそうしたかったんだもん」
さとうさんは頬づえをついて、にっと笑った。
そっか、そのために、さとうさんは早めに来て待っていてくれたんだ。わたしが先に来たら、席に座るには何か買わないといられないし。
「遠慮しないで飲んで飲んで」
「ありがと。ごちそうになります」
「まあ、カフェラテ1杯でごちそうするなんて偉そうなこと言えないけどさ」
さとうさんはコーヒーをブラックのまま口に運んだ。わたしも熱いカップをそっと持ち上げ、ちょっとすする。「熱い」と言うと、さとうさんはなぜか嬉しそうに、やっぱりほほえんでいる。
なんだろ。
藍ちゃんもおんなじ友だちなのに、さとうさんといるとすごくどきどきする。
笑っているさとうさんに笑い返したいのに、表情筋がいつも以上にスムーズに動いてくれない。
顔をちょっと髪で隠すようにしながら、わたしはケーキの入った紙袋をテーブルに置いた。
「はい、これ、今日の」
「わぁ、ありがとう! てか、今日まだツイートしてないよね? 今回もネタバレ迷ったんだけど、なかなか更新されないからどうしたのかなーって思ってたんだけど」
「だって……」
さとうさんに最初に見せたかったから――なんて、言いたいけど言えるわけない!
「出かける前バタバタしてて、時間なかったから」
やっぱりぎこちない表情のまま、口からはそっけない言葉が出てしまう。何か、我ながらもどかしい……。
「そうだよね、ついさっきまで作ってたんだもんね。待ち合わせ、もうちょい遅くした方がいいかな?」
ぶんぶんと首を横に振る。ケーキを作るところまでは余裕なのだ。服装はめちゃくちゃ迷ったけど。
さとうさんはうずうずと座り直し、背筋を正した。ケーキの箱に手を添え、やわらかそうな髪をふわっと揺らして首をかしげる。
「ねえ、見てもいい?」
「う……うん」
さとうさんは丁寧な手つきで箱を開けた。やっぱり、目の前でケーキを見られるのは恥ずかしい。どんな顔をしていればいいか分からなくなる。
うつむき、頬をこねてごまかしていると、さとうさんがきらきらと瞳を輝かせる気配を感じた。ちらっと目を上げると、さとうさんは顔いっぱいに笑みを浮かべていた。
「美味しそう! あたし、こういうモンブランはじめて見たかも。普通のってちっちゃくて、何かパスタをくいってひねって盛るみたいな絞り方してるよね」
「最近ハマってるお菓子作りの動画で見たんだ。こう、回転台……あの、ケーキをのせて回す、ろくろみたいなやつがあるんだけど」
ケーキ作りのことを人に話したりしないから、どんなふうに言ったら伝わるのか分からない。ジェスチャーを交えながらのたどたどしい説明に、さとうさんは「うんうん」と優しく相づちを打ってくれる。
「その回転台にケーキの土台をのせて、がーって勢いよく回して、てっぺんから絞り出しながらちょっとずつ下げてくと、こういうふうになる」
「あー、陶芸でこう、すーっと伸ばすみたいなね?」
さとうさんは器を両手で挟み、薄く伸ばすような仕草をした。うーん、似ているような、違うような、と思っているうちに、さとうさんは納得の表情を浮かべていた。
「じゃあ一発勝負ってことじゃん。すごい、さすがミントちゃん……あれ?」
さとうさんの動きが止まる。え、何? わたし、変なもののせてなかったよね? 髪の毛がついてるとかだったらどうしよう。最悪じゃん!
いても立ってもいられず、腰を浮かして箱を覗きこもうとしたとき、さとうさんはつんとくちびるを尖らせた。
「この飾り、あたしがあげたドライフルーツでしょ!ミントちゃん、あれはあたしからミントちゃんへのお礼だったんだよ? ケーキに使ってまたあたしのところに来ちゃったらだめじゃん!」
だめ……だったのかな。もらったもの使うのって失礼だった?
でも、さとうさんがくれたドライフルーツがすごく綺麗だったから使いたくなっちゃっただけで、食べたくなかったとかいらなかったとか、そんな気持ちだったわけじゃなくて――。
どこから言葉にして伝えればいいのか分からず、黙りこんでしまう。さとうさんはわたしの表情から何を読み取ったのか、口を歪めて笑った。
「ごめん、ミントちゃんのケーキに使ってもらえたのは嬉しいことだよね。これがミントちゃんなりの感謝の伝え方かもしれないし」
何か……先に言語化されてしまった。しかも、なぜかしっくりくるし。
わたしはこくこくとうなずき、身を乗り出した。
「まだ半分残ってるから、普通におやつとしても食べるし」
すると、さとうさんは頬をかいて肩をすくめた。
「ごめん……何かあたしそそっかしくてさ。すぐ決めつけちゃうとこあるから、ミントちゃんが伝えたいことはちゃんと言ってね?」
わたしは「うん」とうなずきながら、でもさとうさんにわたしの気持ちを先回りして言葉にしてくれるのも悪くないけどな、と思った。心の扉をノックされるような、どきどきするけど少し嬉しくもある、そんな感覚がなぜか心地よかった。
そんなこと、恥ずかしすぎて絶対言えないけど。
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