秘密のモンブラン

第7話

 月曜日の朝は眠い。他の曜日の朝より眠い。

 家の最寄り駅で上り電車を待ちながら、マフラーで隠すようにあくびをした。


 小さな無人駅で、上りのホームには屋根すらない。ちらつく雪がコートや髪について、すぐに溶けて水玉になる。視界がぼやけているのが、まつ毛に落ちた雪のせいなのか、あくびで出た涙のせいなのかわからなかった。


 ポケットから手を出すのも億劫で、ぼやけた視界をそのままにしていると、となりに人が立つ気配がした。顔を上げると、相変わらず軽装備すぎる藍ちゃんがイヤホンを外すところだった。


「おはよ、かさね」

「おはよう」


 藍ちゃんとこっちの駅で会うのはめずらしい。いつも、藍ちゃんは時間ギリギリで乗るらしく、改札から離れた乗り場に並ぶわたしとは別の車両になることが多いからだ。


「藍ちゃんが駆けこみ乗車じゃないなんて」

「人聞き悪いな。駆けこみ乗車よりは余裕があるから」


 首とマフラーのあいだに隙間ができないように、前に向き直って口もとまでマフラーにもぐる。

 藍ちゃんがちらちらとこちらを見てくるのが、ウインドブレーカーのカサカサと鳴る音でわかった。


「で、どうだったの? さとうさんは」

「あぁ」


 藍ちゃん、気にしてくれていたんだ。わたしは自信を持って答えた。


「すごく美味しかったって言ってくれた」


 さとうさんはケーキを渡した日の夜、ダイレクトメッセージを送ってきてくれた。「めっちゃ美味しかった!」という文字が、昼間会ったさとうさんの声になって聞こえた気がして、不思議だった。

 今どきは『甘さ控えめ』とか『食べやすいさっぱりさ』とかがもてはやされてるけど、やっぱりスイーツはこうガッツリ甘くないと、と熱弁された。存分に甘くしようと思って作っているわけではないけど、自分の感覚とさとうさんの好みが合致しているのは嬉しかった。


「そこの心配じゃなくて。どんな人だったの?」


 呆れ半分といった様子の藍ちゃんに、わたしは少し口ごもり、短く答えた。


「女の子だったよ」

「歳は?」


 食い気味に訊いてくる藍ちゃん。ごまかしようがないので、仕方なく本当のことを打ち明ける。


「……22歳だって。働いてる人だった」

「やっぱり」

「でもいい人だったもん。物々交換の材料の他に、わざわざお礼まで用意してくれたし」

「人は案外、たった1回会う人になら優しく親切にできるもんなの」


 ――1回じゃないもん。

 うっかりそう言いかけたけど、寸前で思いとどまった。


 また藍ちゃんに怒られる。絶対反対される。

 1回目は許されても、2回目はない。藍ちゃんとは長いつきあいだからわかる。宿題を写させてくれたのも、小学生時代の学期末、無計画なせいで最終日に大荷物になったのを助けてくれたのも、1回だけだ。


 これからもさとうさんと会うこと、藍ちゃんには秘密にしよう。

 その決心が顔に出ないように、出ても気づかれないように、わたしはますますマフラーに顔をうずめる。


 だけど、藍ちゃんは勘がいい。何か感じ取ったのか、背中を丸めて顔を覗きこんでくる。その眼光はするどい。


「なにか隠したでしょ」

「なんでもない」

「かさね、隠しごとを隠し通せたことあったっけ?」

「なにも隠してないっ」


 ムキになっている時点で怪しさ満点じゃん。そう気づいて息を整えるが、もう遅いかもしれない。藍ちゃんは、こんな獲物追う必要もない、と余裕を見せる肉食獣みたいな目をしている。そのうち自分から口の中に飛びこんでくる、と確信したかのような。


「ま、いいけど」


 藍ちゃんはイヤホンのコードをくるくる回しながら言った。

 絶対ボロを出すって思われてる……。

 でも今回は、今回だけは隠しごとを隠しごとのまま貫き通さなきゃいけない。

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