第二十六話
「うーん、もっと青いのが良いかな。アルヴァ、そっちの上のを取ってくれる?」
所狭しと服が陳列された店内で、ファルロッテが背の高い友人に指示を出す。別の衣装を片手に持ちつつ、アルヴァは一番上の段にかけられたドレスを降ろした。ファルロッテがじっとセロを見つめ、次いでアルヴァが持っている二着の衣装を見比べる。衣装を前に持たされたり、後ろを向かされたりと忙しい彼は、何度目ともつかぬ大きなため息をついた。
「さっきの服と、何が違うのか全然わかんねぇんだけど」
「さっきのは黒いリボンを後ろにつけたタイプでしたけど、こっちは濃い緑なんです。セロさんの髪色に合わせるなら緑の方がいいかなと思って……」
でもやっぱり何かしっくりこないなぁ。
アルヴァにまた別の衣装を取るよう指示する熱心な彼女の様子を、セロは心底複雑な表情で見守る。自分と同じぐらい小柄な部下は、せっせと同じような服を見繕っては元の位置に戻していた。
同期の女性たちに任せると着せかえ人形になりかねないからと、セロが頼りにしたのは妹分のアルヴァだった。だがアルヴァはそもそも女性物の服に詳しくない――着ようにも大抵の場合、背が高すぎるのだ――ため、代わりにとファルロッテを呼んできて、今に至る。
「どれでも一緒じゃねぇのか、ファルロッテ」
「いいえ、そんなことありませんよ。せっかくなら一番似合う物を選びませんと」
ねぇアルヴァ、どっちの方が踊り子っぽいかな。
真剣そのものの表情で、衣装をとっかえひっかえする金髪の部下。三人が服屋を出たのは、一時間も経ってからだった。
「俺は、本当にこれを着て外に出なきゃなんねぇのか……」
紙袋に入れられた青い衣装を覗き込み、彼は盛大なため息をつく。衣装の上に入っている小さな紙は、領収証だ。
「でも、とっても似合っていましたよ。レオン隊長にもお見せしましょう」
ファルロッテの言葉に、セロは何やら呻き声を漏らした。
「これは……思っていたよりしっくりきているな」
「あとはお化粧もすればばっちりだと思います。レオン隊長」
着替えたセロを前に、レオンは違和感のなさを口にする。青を基調とした、腹部が露出する丈の短い衣とゆったりとした長いスカートは、彼の華奢な肉体を違和感なく取り繕っていた。当の本人は苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、レオンは小隊長室の椅子から腰を上げ、しげしげと彼のまわりを一周する。薄い胸板が成長期を迎える直前の少女のようで、豊満な女性とはまた別種の妖艶さがあった。
「よく似合っているな、セロ」
「そんなこと言ってっとぶっ飛ばすぞ」
彼が動く度、足につけられた鈴がシャラシャラと音を立てる。物騒な物言いが、今の姿には酷く不釣り合いだ。
「もう脱いでいいだろ? こんな格好じゃ落ち着かねぇよ」
セロが衣装を脱ごうとするのを見て、ファルロッテは慌てて「失礼しました」と部屋を出ていく。後輩の小さな背中にありがとな。と声をかけつつ、彼は丈の短い衣装を脱ぎ始めた。古傷のある薄い胸板が露出し、いつものシャツで隠れていく。衣装を纏めて机の上に置くと、それは青い水の塊のように見えた。
「しっかし、俺をダシにしてレオンがしとめるっつーのはわかるが、アルヴァも連れて行けっていうのは意外だな」
あの人が、まだロクに名前も覚えてねぇ奴のことを指名するたぁ珍しい。
彼は机に腰掛けると、脚をぷらぷらさせた。レオンはその様子を眺めつつ「私はまだ早いと思うのだが」と視線を落とした。
「既に二度、そういった場面に出くわしてはいるとはいえ……少し、心配だ」
何かあったときに守りきれるだろうかと、彼は拳を握りしめる。彼の脳裏には、穏やかな表情で自身を見下ろす、瞼の腫れた赤毛の騎士がちらついた。
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