第三話

 騎士団の腕章を腕に、レオンは街の大通りを歩いている。大通りには果物屋や肉屋などが並び、人通りはそれなりに多い。石畳を鳴らす足音は、雑踏の中に紛れて消えていった。

 グリニッジ公国は小さな国で、隣接する他国と貿易をしながら、自国のわずかな資源と輸入資源で成り立っている。グリニッジが輸出しているのは基本的に穀物や肉類であり、その代わりに他の食品や鉄鉱石などを輸入しているのだ。辺境の土地、それもさして貴重な物があるわけでもないこの国は少し貧しいが、その分平穏さがある。貧しいながらも平穏なこの公国が、レオンは嫌いではなかった。

 商店街を巡回すると、あらゆる店が目に入る。しかし、たいていの場合そこにレオンが欲している物があることはない。輸入でしか手に入らない白身魚を見つけると、レオンはよくそれを買って帰っていた。

 今日も、これといった異常はなさそうだな。

 時折窃盗事件などがあるものの、レオンが騎士団に入って数十年、街中を巻き込むような大きな騒ぎや争いが起こったことはない。石畳の緩やかな坂を上りきると、道が二手に分かれている。街の全体を回る左側の道に、彼は歩みを進めた。

 大通りを抜け、人通りのない静かな住宅街を通り、一周するのが街中の見回りの仕事だ。街の外周辺は馬で回るが、これといって大きな問題が起こることもないので、ちょっとした息抜きの時間に等しい。

 よぉ、レオン。

 不意に聞き慣れた声がし、彼は周囲を見渡す。レオンが振り返れば、そこにはセロの姿があった。

「ちょうど良いところで会ったな。見回り、もう終わるところだろ?」

「そうだが、お前は買い物か?」

 小さな布の鞄を手にしたセロは、市場に食材の調達をしに来たという。一緒に昼飯にしようと言われ、レオンは鳶色の双眼を瞬かせた。

「今日は何を作るつもりなんだ?」

 レオンが尋ねると、セロは「それは後のお楽しみだ」と笑って袋を隠す。兵舎の方に戻りつつ、彼らはのんびりと雑談をした。

「そういや、アルヴァはもう剣の扱いになれてきたのか?」

 ちょっと心配なんだよな、と息をついたセロの問いに、レオンの表情が少し曇る。あまり思わしくない成果だと言い、彼は藍色の髪に手櫛をかけた。

 新米たちが入隊してからしばらく経ったが、アルヴァの剣術の上達具合はあまりよろしくない。剣の振りがぎこちないのだ。レオンは小さなため息をついて、遠くに視線を向ける。遠くに見える兵舎の壁が、周囲の建物に溶け込めない赤茶色をしていた。

「もう少し、ぎこちなさが抜けてくるといいのだが」

「その辺は慣れだよなぁ……そのうち、何とかなるとは思うけどよ」

 あいつ、よく泣くからなぁ。

 セロがそうぼやいたのを、彼は聞く。何かを注意したり叱ったりする度、彼女はほろほろとよく泣いた。オルトスの態度と、アルヴァの剣の腕前、そして泣き虫……。脳内に散らばる問題を思うと、彼は気が重くなった。

 兵舎に辿りついたところで、レオンは中庭の奥で小さくうずくまる件の新米を見つけた。中庭に生えた雑草を、ひとつひとつ毟り取っているところである。遠くに見えるその小さな赤い点は、やがて向こうへ消えてしまった。

 雑務に関しては、丁寧でとても助かるのだが……。

 解決しない問題を抱えたまま、レオンはセロと共に廊下を歩く。堅いレンガでできた廊下が、コツコツと乾いた音を立てた。

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