1章

第1話 ふたり

 空を飛ぶカモメの鳴き声と防波堤にぶつかり白くなる波の音で目が覚める。

 時刻は午前6時30分。いつもより30分早い。

 二度寝しようかと思ったがたまには早起きも悪くないと思いそのままベッドを出た。

 季節は夏だが部屋は冷房が効いていて涼しい。

 早めに起きたら起きたで部屋から出たくなくなりそうだなと思う。

 カーテンを開けると太陽の光がいっきに部屋に入り込んでくる。

 眩しくも暖かな雰囲気に元気を貰う。

 いつも通り適当に準備をして家を出た。


 今日は7月7日。

 特に代わり映えもない平日。

 けれど私にはそれが丁度いい。

 なにより楽なのだ。普通に日常を過ごして普通に生きて普通に死ぬ。

 普通が生きがいかもしれない。

 毎日こんなことを考えながら生きてる時点で普通の女子高生ではないのかもしれないけれど。なんかおじさんっぽいじゃん。

 と、勝手に自分で自分にツッコミを入れていたら気づけば放課後。

 昼よりも涼しくなってちょっと眠い。

 このまま帰って惰眠を貪ってもいいかな、なんて思っていると校内放送が聞こえてきた。


『最近は暑さが厳しくなってきています。熱中症に気をつけましょう』


 もはや町内放送レベルの内容。こんなこと放課後に生徒に放送させる高校なんてここくらいじゃないかと思う。まぁどうでもいいけど。

 そして私は放送の声を聞いて起きた脳を稼働させながら部室に向かう。

 今日は先輩とどんな絵を描けるかな。


「こんにちはー」

 ちょっと気だるげに挨拶をして部室に入る。

 もちろん人はいない。強いて言うなら飼育している魚たちがいるくらい。

(魚に挨拶って笑)

 心の中で笑う。顔には出てないはず。……多分。

 誰もいない教室で1人笑ってたら不審者じゃないか。それだけは避けたいな。

 魚に餌をやる時は無心になれる。

 口をパクパク開けて餌を食べる姿に釘付けになる。

 先輩にはその心がよく分からないって言われたけど。いつかこっち側に堕としてやる。

 餌をやり終わり絵を描く準備に移る。

 私は毎回水槽の前で描く。

 こうすると色々なことが頭に浮かぶ。

 プラスなこともマイナスなことも。全部全部自然と浮かんでくる。それをキャンバスに描くのも楽になる。

 今日は何を考えようかなと耽っているとドアが開いた。

涼夏りょうかちゃん今日も早いね」

「そのくだり毎回やるつもりですか?」

「えぇ、ダメ?もうなんかクセになっちゃってるんだよね……」

 そんな寂しそうな顔されたらダメなんて言えないじゃないですか。

 そう言いたくなるのを堪えた。口に出すと調子に乗るから。この先輩は。

「別にダメじゃないですけど」

「ほんと?やったね」

 ひさぎ先輩のズルいところはこういうところ。

 自然に可愛い素振りを見せる。

 普段クールなのに。あまり笑わないのに。


 そのくせ私の前でだけは仮面が外れる。


 勘弁して欲しい。こんなの惚れないのが難しい。

「それで今日はどんな絵を描いてるの?」

 近い……。

 後ろから覗き込んでくる彼女の顔が、私のすぐ横にある。

 黒くて美しい長い髪が耳に掠ってくすぐったい。呼吸の吐息がかかる。

「まだ何も描いてないですよ。さっき準備したばっかりなので」

「へぇ、いつもは私が来る前には少し描き始めてるのに。もしかしてちょっと眠たかった?今日いつもより暖かいもんね。わかるその気持ち」

 ……こういうところも。

 私の考えだけはお見通しなのもムカつく。

 けれどそれ以上に、私だけこんなにドキドキしてるのが気に食わない。

 大好きな人が近くにいて、頭が追いつかないくらい心臓の鼓動は早いのに。

 楸先輩はなんともない顔でなんともないように私をドキドキさせてくる。

「……先輩、今どんな気持ちですか」

「ん?なに急に。なんかあった?」

 しまった、と思った時には手遅れ。もう口に出てしまっていた。まぁ、このままでいっか。

「大ありです。先輩にドキドキさせられっぱなしですよ。どうにかしてください」

「えぇ……私何もしてないんだけどなぁ。まぁ涼夏ちゃんが言うなら、私に仕返しでもしてみる?」

 そう言われたらもう、我慢なんてできない。

「じゃあ、お言葉に甘えて。覚悟してくださいね?」

「ふーん……ん!?ちょ、待っ……てって、きゃ!?」

 押し倒して唇を塞ぐ。

 甘い匂いに脳が溶けそうになる。

 さっきより鼓動が早い。早すぎて弾けそう。

 全身に血が巡る感覚がはっきりとする。

「……涼夏ちゃん?」

「私はこれだけ先輩のことが好きです。先輩はどうなんですか?いつもなんともないように距離を縮めてきて、気付いたら遠くにいて。ドキドキして、モヤモヤして、嫉妬して、独占したいって思ってるの私だけなんですか?」

「そんなわけないでしょ。私だってドキドキしてるし、涼夏ちゃんと同じ気持ちよ」

「だったら……!」

 行動して示して、と言おうとした口を塞がれる。さっきよりも長く、激しく、濃いものだった。

「ふふ、好きよ、


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アクア・パレット 紗沙神 祈來 @arwyba8595

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