第29話 夜のテラス

ついていない。



俺は、後ろポケットから、黒のスマホを取り出す。


「すみません。急用が出来てしまったようです。」




「えーーーー!」

「いいとこだったのに!」



使用人への、文句が飛び交う。


「せっっかくのムードに水を差してしまい、申し訳ございません。」




まあ、そりゃ、そうだわな。

俺だって、この場を離れるとか嫌だ。嫌すぎる。



せっかく、俺の、人生初の、妹イベントが、発動する時だったのに.......。





「後は、どうか、皆様でお楽しみください。」


「鳩谷さん。もう行かれてしまうのですか?」

彼女も、残念そうに、眉を伏せる。





「すみません。お嬢様。用事が終わり次第、また、戻って参りますので。」


「絶対ですよ?」

俺は、そう謝ると、スマホを片手に、親睦会会場を後にする。




「きっと、お父様からのご連絡ですわ。

鳩谷さんは、敏腕な使用人ですから!」

なぜか、後ろで、そう言いきる、声が聞こえた。










■■■■■■■




あの後、俺は、取り急ぎ発生した別件を終わらせ、また、あの屋敷に戻ってきた。



「もう、外は暗いし、さすがに、お開きになってんだろうな。」

疲労からか、後悔からか独り言がつい、漏れる。




1人、長い、廊下を歩く。

親睦会の会場になっていたホールの扉を開ける。



照明は消され、 中は、閑散としていた。

さっきまで、人が居たような温もりは感じるが、誰もいなかった。



「さすがに、いないよな。」




俺は、入り口から一応、周囲の様子を確認する。




「ん?」




外のテラスに人影が見える。

テラスの扉が開いているのか、カーテンが風で揺れている。

誰だ?




俺は、警戒しながら、テラスへ近付く。





「..............!お嬢様!!」


「鳩谷さん!」

その人物は、振り返った。




彼女は、夜の冷たい風に、真っ黒の長い髪をなびかせながら、立っていた。



「お嬢様、皆様、もう帰られたのでは?」


俺は、そう言いながら、彼女のいるテラスへ出た。




「ええ。

先ほど、お開きにしたんです。

楽しかったです。


王様ゲームって、人と交流を深められる、良いワークショップでした。」



頬を赤らめ、王様ゲームでの出来事を思い出しているのか、ふふふと、笑う。




あの後も、王様ゲームは続いたのだろう。

いったい何が、あったのか。

気になるところではある。


そして、何か、変な誤解が、彼女と王様ゲームに生まれてしまったような気もするが.......。






俺も、王様ゲームしたかった.......。


心のなかで、そう、ふて腐れながら、使用人として、振る舞う。





「お嬢様が、楽しまれたのならば、なによりです。


それより、4月になったからと言っても、まだ、朝晩は気温が下がります。

そのようなお召し物のまま、ここにいると、体調を崩されてしまいますよ。」


中に、お入り下さい。

俺は、まだ、黒のドレス姿の彼女に、部屋に戻るように言う。




でも、彼女の足は、動かなかった。


「王様ゲームの続きです。」


静かに、そして、突然、伊世早美優は、そう言った。




「王様ゲーム?」




「私は、王様です。


家来さん.......。



私の言うこと、一つ聞いて貰えますか?」



彼女は、そう俺に言ったのだった。




まるで、相手の顔色を窺い、買って欲しい洋服をねだるかのように。















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