第15話 土曜日の午後からは。

ピピ、ピピ。アラームの音で目が覚めた。

時計を見る。

11時。




外は、もう、明るかった。

眠たい目をこじ開けながら、身支度をすませ、俺は、駅に向かう。




休日だからか、駅は、若者や、親子連れが、多かった。



俺は、電車を乗り継ぎ、最寄りの駅で降りる。

一旦、駅の公衆トイレで着替えをすませ、身なりを完璧に整えた。




ここら辺は、土地改革で、高級住宅地が建ち並ぶ、一級土地ばかりだ。

どこも、かしこも、道を走る車があれば外国車か高級車ばかり。

周りを見渡せば、大きなビルばかり。




その中でも、ひときわ目立つ、大きなビルを目印に、俺は道を歩く。


まだ、4月に入ったばかりと言うのに、今日は、一段と、日差しがキツい。


そうでなくても、黒の服は、太陽の光をバンバン吸収するのだと言うのに。







あぢー。

そんなことを心で思いながら、ポーカーフェイスで、どんどん歩く。


だが、この暑さで、一瞬、気が抜けたのかも知れない。




目的地まであと数十メートルという場所で、声をかけられた。



「すいません。ここに行きたいんですけど、迷子になっちゃって。

よかったら、教えてもらってもいいですか?」



日傘を指した、女性だった。



傘の陰からはみ出している、下半身をみると、女性特有のスタイルの良さが、目立つ。

年配の女性だろうか。



だが、言葉遣いや、仕草は、幼く見えた。

でも、日傘を4月に指す学生なんて、見たこと無い。

この時の俺の中の、固定観念が後で痛い目を見ることになる。

もう少し、前をよく見ながら歩いていたら、きっと、この日傘の女性に遭遇しない道を選んでいたはずなのに。

後悔、先に立たず。









「はい。いいですよ。どこをお探しですか?」

そんなことも知らず、俺は丁寧な言葉遣いで、良心的な笑顔をむける。



「わぁ。ありがとうございます。」

そう言って、傘から出てきた顔を見て、俺は、絶句した。





「え?」

思わず、心の中の声が漏れる。



「?」

俺の声に、キョトンとする彼女。

そうやって、不思議そうに見つめてくる彼女に、一言いってやりたい。



何で、井勢谷桜!

お前が、こんなところに居るんだよーーーー!



「大丈夫ですか?」

自分が話しかけたとたん、呆然としてしまった俺を見て、井勢谷桜は、心配そうに、顔色を窺ってくる。



お前が、大丈夫ですか?だろ。

と、突っ込みたいところを、グッと堪える。





まずい。


「あ、いえ。すみません。

まさか、有名な女優さんに、このような場所で出会えるとは、夢にも思っていなかったことでしたので、驚いてしまいました。」


とっさに、言い訳を考える。

よし、今日から、俺は、井勢谷桜のファンであったことにしよう。




「お会い出来て、光栄です。」

俺は紳士的なスマイルで、そう言うと、

「ありがとうございます。嬉しいです。」と、彼女は優しく、口角を上げて微笑んだ。



仕方ない。一度、引き受けてしまった、頼まれ事だ。

『頼まれて、引き受けたからには、ちゃんと最後まで面倒を見る。』

それが、俺が育った家の家庭方針である。

そして、俺は、まんまとその性格に育て上げられてしまった。




「どこをお探しですか?」

俺が、訪ねると、

「ココです!ここに行きたいんですけど、どこが正面玄関になっているのか分からなくて...。」大きなお家ですね。と照れたように、はにかんだ。






俺は、全てを悟った。

終わった。

今日は、心を無にして、墓穴を掘らないように、いつも以上に、気を引き締めなくては...。と。




なんと、彼女が差し出した地図の目的地と、俺が向かっている場所が同じだったのだ。



「えっと、伊世早グループの、会長さん?の娘さんに招待されたんです。

知っていますか?その娘さん、凄く美人なんですよ!」

彼女は、少し興奮気味に、周知の事実を語ってくれた。






忘れていた。

こいつら、昨日の入学式で、仲良くなっていたじゃないか。

出席番号が前後、新入生あるあるとか、ほざいていたのは、どこの誰だよ!



俺は、この場で自分の使えない脳ミソを抉りたくなった。





だが、そんなことは出来ないわけで...。

「ええ。存じ上げております。」

「あ、やっぱり、関係者の方ですか?」


服装が、それっぽいなぁーと思って、声をかけたんです。

俺たちは、並んで同じ目的地までの道のりを歩いていく。



目的の場、伊世早グループ会長本宅。

その屋敷まであと数百メートル。



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