第13話 デートコーデ企画②
「うーん。2人とも、ちょっと、笑顔が硬いなー。
よっしゃ。お互いに、喋りなら撮ろう。カップルっぽく、会話してー。」
カメラマンの、茂木さんが、声をかける。
「カップルっぽく。」
「か、彼女です!私、矢々葉さんと付き合っています!」
茂木さんがそう言うと、何をテンパったのか、井勢谷桜は、大きな声で叫んだ。
実は、天然だな。
「ガハハ。
母ちゃん、こういう演技上手いのに、娘は無茶振りに弱いのな!」
「うー。」
今、彼女に、猫耳が生えてたら、間違いなく垂れたと思う。
さすがに、あの人と比較するのは可哀想だ。
「ほれ、設定だ。
2人は付き合い初めて、まだ日が浅い。
で、初めてのデート。
どうだ?想像出来たか?」
良くある、シナリオを提示する。
それだけで、
「はい。」
横にいる彼女の、あの、慌てた表情は、どこかに消えた。女優モードだ。
「じゃ、いとせは、それに合わしてみろ。」
茂木さんが、予定にない行動を促してくる。
まただ。そう思ったら、袖口を引っ張られた。
「あのね。矢々葉くん。私たち、付き合っているってことで良いんだよね?」
「え?」
突然始まった、井勢谷桜の即興劇(エチュード)、それに合わせる。
難しいな。
井勢谷桜とは、何度か仕事をしたことがある。
指定されたことを、コツコツこなす印象だが、やはり、母親のDNAが受け継がれているのだろう。
ある程度、設定を与えると、すごい演技力をみせる。
「もう!ボーッとしてたな~?」
ほっぺを、ぷくーっと膨らませる姿は、本当に、初々しい彼女のようだ。
「ごめん。」
「私たち、付き合ってるってことで良いんだよね?って言ったの。何回も言わせないでよ。『ばか。』」
頑張って、聞いてるのに。と、少しそっぽをむかれた。
「あ、ああ。付き合ってると、少なくとも、俺は思ってる。」
俺は、相槌をうつ。
その返事に、ほっと、肩の力が抜けるのがわかった。
「じゃあね、あのね...。」
彼女は、俺と視線を合わさないまま、地面を見つめる。
「どした?」
「なまえ。名前、したの名前で呼んで欲しい...かも...です。」
ぎゅっと、掴まれていた袖口に力が入る。
恥ずかしさなのか、彼女は耳まで、真っ赤である。
そして、息を潜めながら、小さく呼吸をしている。
「いいよ。さくら。俺も、いとせでいいよ。」
そう言ったとき、今まで、下がっていた顔が、ゆっくりこちらを向いた。
「い、いとせ...くん。」
今にも泣きそうで、うるうるしている、上目遣いは、男子の心を抉られる。
「おいおい。自分は、くん付けかよ。ずるいな~。」
「つ、思ったより、恥ずかしかったです。」
「俺の名前も、呼び捨てがいいな~。」
ちょっと、意地悪を言ってみたくなった。
彼女は、一瞬、むっ、っと困った顔をしたが、最後に、小さな声で、こう言った。
「次の時(デート)には、言えるように...『練習...しておきます。』」
この日の撮影は、これで終了した。
茂木さんも、満足のいく写真が撮れたみたいで良かった。
今月発売の、雑誌に特集で載るらしい。
出来れば、売れ行きは、過去最低を更新し、山ほど、雑誌が余ることを、俺は期待している。
「いとせくん。お疲れさまでした。」
「お疲れ。あれ?呼び捨ては?」
俺は、冗談で言ってみる。
「もう!あれは、演技のなかだけです!」
そう。演技です。
と、彼女は、何度も、ぶつぶつ呟いていた。
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