第10話 モデル、矢々葉絃千の誕生秘話①
その日は、中2の学年末テストが終わった日。
あとは、終業式をして、春休みを待つだけの、そんな、解放感に浸っていた頃だった。
ブー、ブー。
机の上に置いていた赤色のスマホから、音楽が流れた。
電話だ。
着信者の名前を見る。母、井勢谷麻莉からだった。
いったい、何の用だ。
産みの親である井勢谷麻莉とは、たまに連絡を取ることがあった。
普段は、一緒には、住んでいない。彼女には、彼女の家族が居るからな。
取り敢えず、応答する。
「はい。」
俺が、そう返事をするや否や、騒々しい声が聞こえてきた。
「とや?お母さんだけど...。
もー!
どうしよう!!
ねえ。どうしたら良いと思う?」
スピーカーから聞こえるえげつない音量に、思わずスマホを遠ざける。
これが、本当に、日本を魅了する大女優の喋り方なのだろうか。
要点もまとまっていない、拙い喋り方だ。
「母さん。取り敢えず、落ち着こっか。」
俺がそう言うと、
「そうね。」
と、
電話の向こうから、深呼吸をする吐息が聞こえる。
うん。このエロい感じ。これが、これこそが、大女優の息づかいなんだな。
「もしもし、とや?」
良かった。さっきより、幾分かは静かになったみたいだ。
「で、用件は何?
隠し子に電話をするくらい、女優って暇なの?」
少し、からかってみる。
「もうー。とやの意地悪ー。」
電話の向こうで、あの大女優が、涙目で困る姿が目に浮かんだ。
「あのね、今から言うところに来て欲しいの。
お願い!
可愛い私の秘密の息子よ!
お母さんの一生のお願い聞いて欲しいな!
私が、昔、お世話になったスタジオがピンチなの!」
詳しいことは、メールで送るから~。
そういうと、そそくさと電話を一方的に切られた。
「あ、ちょ。」
あの不思議なテンションは昔からだ。
おおらかというか、慌てん坊と言うか。
結局、何の話かもよく分からないまま、俺は、言われた通り、メールを待つ。
直ぐに、母、井勢谷麻莉からメールが届いた。
件名、豊島区立南公園に行って!
詳しい話は、まどかさんに聞くように。
家の前に迎えに来てくれるよーん♡
愛する息子へ✕✕✕。
何の要点もまとまってねーじゃねーか!!
何が、詳しいことはメールだ!
そう突っ込みを入れた。
ピンポーン。
メールと同時くらいに、俺の家の、チャイムが鳴った。
「井勢谷麻莉のマネージャーをしています。
浅野まどかです。矢々葉絃千さんのお宅ですよね?」
メガネをかけ、スーツを着た女の人が、モニター越しに映っていた。
ややはいとせ?何言ってるんだ?
俺の名前は、そんなんじゃない。
人違いですか?
そうインターホンで言おうとしたとき、また、メールが送られてきた。
件名、追伸
とやの、本名使うと不味いから、勝手に名前をいじったよ♡
お母さんからの、プレゼントです。受け取ってね♡
どうやら、俺の本名を並び替えて、名前を勝手に作ったらしい。
確かに、アナグラムになっている。
仕方ない。
「あの~。すいません。矢々葉絃千は僕ですが?」
そう答え、玄関の鍵を開けると、母さんのマネージャーにラチられた。
そこからは、車に乗せられ、されるがまま、言われるがまま。
断ることも、逃げることもさせてくれなかった。
大人の世界って...。
まどかさんが言うには、撮影を予定していたモデルが、急に来られなくなったみたいだ。
今いるモデルで回すと、出演料が膨らみ、予算に合わなくなるらしい。
そこに、たまたま、となりのスタジオに来ていた、井勢谷麻莉が話を聞きつけ、
『新人さんなら、ギャラも少額ですむんじゃない?
私、目をつけている子がいるの。
まだ、モデルの仕事をしたことがないくらいのド新人!
連絡してあげる~!』ということで、俺のところに連絡が来たのだった。
って、何で俺?あの人、バカなの?自分の置かれている状況、全然、分かってないよね?俺、世間にばれちゃ不味いと思うんだけど。バレたら、母さんも失脚だよ?
落ち葉の中に隠れてる、団子虫だよ?
いくら、名前を偽っても、人目に晒されることで、リスクは高くなるんだよ?
そう、言いたいが、あの人の携帯に、車の中で、何度か連絡したが、繋がらない。
「あぁ、それは無理ですよ。麻莉さんは、ニューヨークに行くために、今頃、飛行機の中ですから。」
おい。
「あ、それと、伝言を預かっています。『一回だけなら大丈夫だって。緊張せずに、ありのままを出しちゃいな。』だ、そうです。
何が、一回だけなのか分かりませんが、モデルを目指すなら、これくらいの仕事は、二回も三回もすることになりますからね。
気は抜かず、体は、リラックスしてください。」
まどかさんは、何を勘違いしているのか、俺が、モデル志望と思っているらしかった。
だから、俺は、井勢谷麻莉のただの知り合いの、矢々葉絃千ということで、話が通ってしまった。
さすが、大女優の権力。
母さんのDNAのお陰か、多少顔のパーツは揃っていたらしい。
男性のモデルが足りない穴埋めに、と、色んな服を着さされ、パシャパシャと写真が撮られ、あれよあれよという間に、全国展開している雑誌に俺の顔がばらまかれた。
俺としては、母さんのDNAの存在がバレないように...。
スタッフさんには、申し訳ないが、だいぶ手を抜き、適当にやらせて貰った。
『このモデルは、使い物にならないな。』と思わせる作戦だ。
運のいいことに、その時、たまたま、黄色に髪を染められていたため、俺とこの雑誌の俺が同一人物であると言うことは、周囲に気付かれることはなかった。
ただ、その時の、撮影企画が良かったのか、なぜか、あんなにチャランポランにやった、そのモデル写真の人気に、火がついた。
新生、笑った笑顔が似合う。癒し系モデル!
あの、井勢谷麻莉、推薦?期待の新人モデル現れる!
と言う、見出しが、雑誌が発売された次の人日の朝刊に載っていた。
ビルの壁面に設置された液晶ディスプレイのワイドショーでも「謎の新人モデルについて」と、話は廃れることを知らない。
メディアと言うか、このご時世、情報社会というのは、怖いもので、一度、人の目に止まると、消却出来なくなる。
まどかさんから、「撮影の仕事が、じゃんじゃん入ってきています。波に乗るならいまですよ!」と、何度も、電話がかかってきた。
俺は、出来れば、その波に、埋もれたいのだが。
このまま、無名モデルとして姿を消すことも考えた。
しかし、最近は、矢々葉絃千という人物が一体、どんな人物なのか取り上げるテレビが増えてきてしまった。
ここまで騒がれると、無名のモデルが、名前を売れるチャンスなのに、それを蹴るのはおかしいと、後で探りを入れられ、正体が、暴かれかねない。
写真を無かったことには、出来ない。
かといって、「実は、井勢谷麻莉の息子なんです!」って、本性をさらけ出すことは、不味すぎる。
俺は、考え、悩み、ある結論にたどり着いた。
人に真実を隠すことは難しい。だが、嘘を信じ込ませることは簡単だ。と。
例えば...。
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