第3話 入学式と井勢谷桜

「えぇー、桜の花が咲き始め、暖かい日差しが降り注ぐようになってきました。新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。また、本日までご立派にお子様たちを育ててこられた保護者の皆様にも、心よりお礼申し上げます。今日から、...............。」




 壇上には、でかでかと『伊世早学園第二高等学校入学式』と看板が立て掛けられている。

 これまで、入学式や卒業式を受けてきたが、どうしてこんなにも下らない話ばかりして、しかも根本的には同じ内容を幾度と無く聞かされるのだろう。


 早く終われ。




 俺は、黒淵の眼鏡越しに、壁にかかっている入学式の案内を見る。


 国歌斉唱

 入学許可宣言

 学園長式辞

 来賓祝辞

 来賓紹介・祝電メッセージ

 歓迎の言葉


 はぁ。

 まだ、半分も進んでない。

 先は長いな。








「以上で、入学式を終了いたします。

保護者の皆様は、このまま保護者説明会がありますのでその場でお待ちください。

新入生は、今から教室の方に移動をしてください。」




 その合図で、静まり返っていた体育館はたちまち陽気を取り戻した。



「んー!こんなにじっとしてると、疲れちゃうね。」

「ええ。」



 俺の隣で会話が聞こえる。

 どうやら、出席番号が前後で仲良くなったみたいだ。

 入学式あるあるだな。






 1年c組。これが俺のクラスだった。

 教壇にはショートカットの女の人が居る。



「皆さんの担任の先生になりました。

 望月玲衣奈もちづきれいなです。

 この春から、教師になりました。

 だから、えーっと...、だから、皆と一緒に大きくなりたいでしゅ!!」



 最後を盛大に噛んだようで、うわぁーー。と顔を真っ赤にして、わたわたとしている。

 子犬みたいだ。

 あと、大きくなりたいとは物理的にじゃなくて、精神的にって解釈で良いんだよな。

 教卓で顔が隠れそうなほど小さいが、あれで本当に黒板が届くのだろうか。


少し心配だ。





「それでは!!」

 そんな、子犬みたいな望月先生は、気を取り直して、フフンと鼻をならして指を立てた。



「入学式と言えば!

 お馴染みの、自己紹介です!

 この学校には、様々な人が色々な所から集まってきています。

 知り合いは少ないと思うので、じゃんじゃん仲良くなっちゃいましょーう!!」



 入学式後で自己紹介って、お馴染みと言うか、ほぼ儀式みたいなものだな。




 じゃあ、出席番号順で青山くんからいってみよーう!

 こんなハイテンションから、自己紹介リレーは始まった。




 俺の名字は糸谷だ。

出席番号は7番だった。つまり、序盤で出番がある。





「俺は、青山智明。趣味はサッカー。

 部活もサッカー部にしようと思ってます。よろしくー。」


 教室の後ろまで届く大きな声。

体育会系オーラが全快だ。

 少し日に焼けた顔に白い歯が覗く。

 頼みごとは何でも引き受けてくれそうだ。良い奴そうだな。




「私は...。」

 どんどんと順番が近付いて来る。



 俺の出席番号2つ前の人が立ち上がった。

 髪は短めで、モデルっぽいスタイルで育ちの良さがうかがえる。



 今までよりクラスがざわついた。


「え!?ヤバくない?あの井勢谷麻莉の娘じゃない?」

「おぉー。今、テレビで引っ張りだこの庶民派女優ー?」




「娘も、ドラマとかで目茶苦茶、活躍してるよな?」

「この前も、ほら、高校を舞台にした学園ドラマ!

主人公とヒロインの相性バッチリだったじゃん?」


「ああー!知ってる!あの男子高校生もけっこうイケメンだった!」

ぐっ。

俺は、噎せそうになったのを何とか堪える。

ダメだ。

あくまで、ひっそりとがモットーだ。



「その、桜?」

「本物?」




 彼女の口が開く前に、素性は知られていたようだ。

「え、えーっと。井勢谷桜いせたにさくらです。芸能活動もしています。」


 彼女がその言葉を口にした瞬間、割れんばかりの歓声がクラスに響いた。


「マジかよ。」

「神だー!」

「俺の人生最強ー!」

 叫ぶ奴もいた。




 喜ぶクラスメイトとは反対に、彼女は少し寂しい顔をした。


「知っている方も居るかも知れませんが、私は小さい頃から母の影響で芸能界にいます。

 親の七光りって言われたら、そうかもしれません。

 最初は軽い気持ちでお仕事をしていました。

 でも、私の名前が広まるともっと頑張ろうって思うようになったんです。


 そして、将来はお母さんみたいな、女優になりたいって思うようになりました。

 だから、進学して、高校生になるか仕事だけをしていくか悩みました。



 高校生にはなってみたかったし、ドラマで高校生役はしたけど、本物は、もっと楽しんだろうなと思ったから。

 でも、世間からは高校生やる時間あるなら、女優として演技磨け、とか言われそうだったから。



 それだったら、お仕事に専念した方が良いんじゃないかな?とかいろいろ。

 でも、ある人が言ってくれたんです。

『やってダメなら、次考えれば良いじゃん。』って。



 だから、憧れだったブレザーに袖を通し、この高校にやってきました。

 できれば、女優、桜としてでなく、第二高校の生徒、桜として接して欲しいです。


 普通に、皆と仲良く高校生したいです!


 こんな私ですが、どうかよろしくお願いします!」


 彼女は一気にそう言うとお辞儀をすると、椅子に座わった。




「そっか。そうだよね。」

「じゃ、高校生、桜ちゃんだね。」

「よろしくー。」

「仲良くしようねー。」

「よろしくね。桜ちゃん!」



 クラスメイトも、彼女の話に心の引かれるものがあったのか、囃し立てるような会話はなくなっていた。

 話の分かるクラスで良かった。



 そんな雰囲気と皆の対応に、彼女は安堵した様子だった。




「うん。よろしくね!」




 こうして、彼女は、ドラマのラストのワンシーンのような笑顔を皆に浴びせたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る