北越谷3丁目太平ビル BARオウルズネスト
「ハァァッッッ⁉︎⁉︎⁉︎ なんだよそりゃあッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」
80年代アメリカンテイストのバーカウンターを震わせて、少女の絶叫が響き渡った。
「ホッ、ホッ、ホッ、ホッ……!!?」
「サンタクロースかお前は。動揺し過ぎじゃ」
「ホワイトデェェェェッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」
「ホワイトデーは3月14日じゃ。礼儀からいって、今度はお前さんの方から誘った方がええじゃろうな。何か考えとけよ」
「なんの為にそんな日があんだよ!!?」
「ニッポン人の男は本音を言うのが下手じゃからな。チョコレートの返礼にメッセージを付けて渡せば面と向かわずに告白できるし、女だって悪い気はしないし、製菓会社や広告会社は儲かるし、WIN-WIN-WINだろうが」
「ホワイトってなんだよ! 聖人関係ねぇじゃねえか! ショーン・ホワイトは聖人か? そら界隈からはそうかも知れねえが、そもそもまだ生きてるだろうが。それともあたしが知らないうちにトリックミスって死んだのか?」
「誰の話じゃ誰の」
小柄な老人は禿げ上がった頭をつるりと撫であげてひかげの前にグラスを置いた。
「またコーラか」
「文句を言うな未成年。正直に言え。思ったより悪くなかったんじゃろ。自分を大事にしてくれる相手と過ごすのは。ゲー……」
ひかげはキッ、と老人を睨んだ。
老人は慌てて咳払いして誤魔化した。
「ひかげ。お前さんはまだ若い。闇の世界にも、望んで身を置いていたわけじゃあない。人並みの幸せをその手にしたってええと、わしは思うがね」
「島谷浩一はイイヤツだったよ。真面目で誠実で優しい。頭もいいし、ネンネに見えて腕っ節も立つ」
「
「だからさ。島谷浩一とあたしとじゃ、住む世界が違いすぎる」
「そんなもんかのう」
「どういう神経してんだ」
「生きる手段が少し違うだけじゃろう。わしに言わせればシマタニ・コーイチもお前さんも、必死に生きてる毛のない猿という点で同類じゃ」
「カテゴライズが雑過ぎんぜ」
「3月14日。忘れるなよ」
「はぁ……コークハイにしてくれよシニア・サージェント」
「うちは法令遵守でね。ニュービー・プライベート」
ひかげは、手にしたグラスを見つめた。
僅かに溶けた氷が、カラン、と音を立てた。
「……正直、悪くなかったんだ」
「そりゃ、そうじゃろうの」
「だから、巻き込みたくない」
「……ひかげ」
「狂犬ヴォルフが生きている。それにセーフハウスのすぐ近くの町で、あたしは騒ぎを起こしてしまった。大事に思うものは、暫くは遠ざけた方がいいんだ。きっと」
「情報の裏取りはしてやる。ほれ。オデンが煮えたぞい。考え過ぎてもせんなきことじゃ。しっかり食って、今日はもう寝ちまえ」
「……テッキーラの風呂にでも沈んじまいたい気分だぜ」
「やめとけ。尻の穴とイチモツが大変なことになった奴を知っとる」
「ついてねーよそんなもん」
「尻の穴はあるじゃろうが」
神崎ひかげはコーラを一口飲み下して、大きな溜息をついた。
***
暗闇の中に、大きなモニターが浮かんでいた。
再生を示す三角形がクリックされる。
「52時間前の映像です」
暗闇は深く、室内の様子は細かくは分からないが、会議室か、重役の執務室のような雰囲気だ。モニターを見つめているのも、一人ではない。
「場所は日本。コンサートホールがテロリストに占拠され、だがテロリストは仲間割れで自滅して、最小限の被害で事態は終息したとされています。現地警察の発表では」
「結論から言いたまえ」
「調査の必要があります」
動画は進む。鳴り響く非常ベル。降り注ぐ消火ガス。
「この動画は、人質の一人がテロリストの様子を隠し撮りしていたものです」
アングルが低く、椅子に隠れてよく見えないが、ステージの上のテロリストのリーダーは武器を捨てて両手を上げたようだった。
「何をしてるんだね。彼は」
「映っていませんが、背後に誰かいるのだと思います」
「会話しているな。音声は?」
「残念ながら」
動画が一時停止した。
「ここです」
ライフルの銃口。その発射炎の一瞬の輝きが、動画に暗殺者の姿を焼き付ける。
「女だ」
「若い……これは」
「解像度を上げたまえ」
「申し訳ありません。今ご覧頂いているのが、現在実用可能な最高の技術で処理した画像です」
「マリオネッテ……ゲー・シリーズ」
「どのナンバーだ」
「どのナンバーでもありません。この時間帯、現在活動しているゲー・ナンバーたちの居場所は全て把握しております」
「まさか……我々の知らないゲー・ナンバー?」
「あるいは……ロスト・ナンバーか」
暗闇がざわついた。
「宜しい。調査を許可する。プランを組みたまえ。予算も含めて週明け。月曜朝に貰えるかね」
「勿論です」
「この件については君に一任しよう。組織の掟は絶対だ。我々の知らないゲー・ナンバーも、ロストナンバーも、決してこの世に存在してはならない。髪の毛一本も。その痕跡も」
「承知しています」
「成果を期待しているよ。ゲー・ツヴァイ」
「お任せくださいハウスマイスタ。
*** 了 ***
神崎ひかげvsバレンタイン 木船田ヒロマル @hiromaru712
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます