越谷ソルシティホール非常口
島谷は非常口の鉄の扉に身体をピタリと付けると、そっと耳を当てて外の様子を伺った。
音を立てないようにロックを解除し、ゆっくりノブを回して僅かに隙間を開け、静かに閉める。
映画かドラマか、それともゲームか何かの見様見真似だろうが、なかなか堂に入った振る舞いだった。
「見張りはいない。大丈夫だ」
島谷はそう言って、もう一度ゆっくりとドアを開け、先に外に出るとひかげに手招きした。
外はシティーホールの外壁に直に据え付けられた鉄製の非常階段で、安全に下に降りられそうな様子で、島谷は安堵したようだった。
「もう大丈夫。警察に行こう。僕らが見た状況だけでも事件解決の役に」
そこまで島谷が言った時、ひかげは「気配」に気づいて階段の登る側に視線を投げた。
小銃を構えた男が一つ上の踊り場から二人を撃とうとしている。ひかげは躱そうと動いたが、島谷はその男に向かって突っ込んだ。
島谷は捨身の勢いで小銃に掴みかかると、それを真上に押し上げながら叫んだ。
「逃げろ神崎さん! 警察を呼ぶんだ!」
だがそこまでだった。
テロリストはガラ空きの島谷の腹を強く蹴り、うめいて前のめりになった島谷の後頭部を銃床で強かに打ちつけた。
ひかげには、その全てがスローに見えていた。
そして引き戻される銃床が細く血の尾を曳いているのを認めた瞬間、彼女のどこかでカチリと音がして、それから全ての音が消えた。
倒れ込む島谷とすれ違うように低い姿勢から肉薄する。狭い階段の中で銃口の捌きが一緒遅れたのを突いて、彼女の掌底がテロリストの顎を突き上げる。トリガーに掛かったままの指が明後日の方向に三発の弾丸を発射する。彼女の手にはいつの間にか彼女自身のベルトが握られていて、それ自体が意思を持つ別の生き物のように不出来な殺し屋の首に巻きつく。テロリストの後ろに周り込み重い荷物を背負い込む要領で勢いを付けて背中を丸めると、その一瞬で脳への酸素と血流を絶たれた男は絶命する。銃声を聞きつけたスナイパーが屋上から覗き込んで見たものは、仲間の死体を盾に仲間から奪った拳銃をこちらに向けて構える少女だった。その銃口から閃く発射炎が、彼がこの世で見た最期の光景だった。
世界に音が戻った。
「島谷くん!」
ひかげは素早く島谷の容態を確認した。
息はある。
頭を支えたひかげの左手に、ぬらりと温かい液体が纏わり付いた。
骨の陥没はないようで最悪の事態は避けられたが、島谷には時間がないかも知れなかった。頭部へのダメージは外見以上に致命的なことも多い。
ごめん、フィーア。
少しの間だけ、私は戻る。
非情の暗殺者に。
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