越谷ソルシティホール1階L26番席

 コンサートが始まった。

 荘厳なオープニング。

 軽快なジャズ。

 ハイテンポなロック。

 激しいヘビィメタル。


 ひかげはビデオゲームの音楽に、偏見を抱いていたのだと知った。

 演奏の技術も、度々変わるヴォーカルの歌唱も素晴らしく、彼女は純粋に一人の客として、その公演を楽しんでいた。


 そしてラスト。


 歌いあげる女性ヴォーカルのバラードは、確かにひかげの心の深い部分を揺さぶった。


 ゆったりとしたメロディラインに載せて歌われるその歌。


命を懸けるわ

名誉のためじゃなく あなたのために

私には他に誰もいないもの

罪だとはわかってる でもそれだけがあなたとの繋がり

私はまだ夢の中にいるわ


 ひかげは島谷が語ったなんとかというゲームについて知識はなかったが、英語で歌われるこの歌に、彼女の失った相棒を想わずにはいられなかった。


あなたは雨にも構わず進むでしょう

あなたは蛙さえも喰らうでしょう

でもそれは生き抜くための試練

共に新しい光を見い出すための ――


命を懸けるわ

名誉のためなんかじゃなく あなたのために

私には他に誰もいないもの

罪だとはわかってる でもそれだけがあなたとの繋がり

私はまだ夢の中にいるわ


 それはひかげの為の歌だった。

 それは彼女と、彼女の相棒の為の賛歌であり、鎮魂歌だった。


 ひかげは泣いていた。

 右目から。大粒の涙を流して。

 歌はクライマックスに達し、ビブラートの効いたメゾソプラノが痛みに耐える絶叫のようにホールに響き渡った時、彼女は嗚咽しそうになって口元を押さえた。


 空いた方の彼女の手を、優しく握る誰かの手があった。


 島谷浩一だ。

 ひかげは思わず島谷を見たが、彼は緊張そのものの面持ちで舞台を睨みつけており、同伴の女の子の手までは握ったものの、それ以上どうして良いかは分からないようだった。

 ひかげは笑った。

 泣きながら笑った。

 生きている。

 私は今生きている。

 そのことを全身で感じ、心で考え、魂で理解した。

 それが彼女の胸の内に得体の知れない温かい感情を沸き立たせ、それが彼女を泣かせ、そして笑わせていた。


 エンディング。

 歓声と拍手。

 彼女は立ち上がった。

 島谷も立ち上がった。

 彼女たちだけではない。観客は大半が立ち上がり、素晴らしいパフォーマンスを披露したバンドと歌手に惜しみない拍手を送っていた。


 ひかげは感動というものを初めて知った。

 彼女は幸せという単語は知ってはいたが、その意味を今日この瞬間、初めて体得した。


 そしてその時間はその直後に途絶えて、長くは続かなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る