南越谷1丁目越谷ソルシティモール

 島谷浩一のプランは、そのコーディネートのようにシンプルだった。

 アメリカから来日しているビデオゲームオーケストラと声楽歌手のコラボコンサートを聴いて、ショッピングモールで食事をし、そのまま買い物をして、暗くなる前に別れる。

 少し背伸びをした高校生が初めてエスコートする女の子を誘うには、派手さには欠けるが無難で誠実なプランなのだろうと、ひかげには思えた。


「ごめんね。もしかしたら退屈かも知れないけど」

「ううん。一回こういうコンサート、きちんと聴いて見たかったし」

「今回くるオーケストラは、オーケストラだけど肩膝張った感じじゃなくて、プレステやスチームのゲームのBGMとかメインテーマをバンバンやるんだ。プログラムのトリのイングリッド・ガルベスが歌うスネークイーターはMGSの……メタルギア・ソリッド3のテーマで、ボストン・シンフォニーホールで歌ったバージョンのYouTubeの再生回数は600万回」

「へえ、よくそんな人がうちの市に来てくれたね」

「市長が熱烈なファンで、直接メールしてオファーしたらしいよ。今日の公演には市長も来てるって」

「じゃあ、市長と一緒にコンサート聴くんだね、私たち」

「もし興味なかったら、寝ちゃっていいから」

「そんな勿体ないよ。こんな機会滅多にないんだし」


 そう。おためごかしでも安い追従でもなく、ひかげは歌は好きだった。死んだ相棒も。歌は、残酷な現実を生きる彼女たちの数少ない娯楽の一つだった。訓練の合間の粗末な寝床で。中東の内戦の塹壕の中で。任務終えた帰路のヘリで。

 ゲー・フィーアは。ヴァネッサは良く歌っていた。

 そこまで想ってひかげは我に帰った。

 また過去に囚われようとしていた。

 一緒に行くよフィーア。若い男の子とのデートに。有名歌手の、コンサートに。

 

***


 チケットは既に島谷浩一が用意していて、しかもホールの真ん中のいい席だった。

 ひかげは仕事ができる人間は男女を問わず一目置くし、また早くから今日のことを準備していたであろうことから島谷の自分への気持ちの本気さが伺えるようで、悪い気分はしなかった。

 彼は紳士らしく控え目に場を仕切り、彼女を席へと案内し、彼女が座ったのを確認してから静かに自分も席に着いた。

 成る程、エスコートされるとはこういうことか。

 暗殺者として、要人や権力者が女性同伴でイベントや式典に参加しているのを物陰から注視したことは何度もあるが、自分が大事な女性としてもてなされたのは初めてだった。


 その時だ。


 ぞわ。


 ひかげの首筋の肌が泡だった。

 彼女は思わずCQCホルスターの拳銃に手をやりながら振り向いた。

 だが、そこには拳銃は勿論そのホルスターもなく、撃つべき敵もいなかった。


「神崎さん?」

「あ、ううん。なんでもないの。静電気かな」


 なんだ。今のは。

 大気のざらつき。

 冷たく刺すような殺意の匂い。


 神崎ひかげは。いや。ゲー・フュンフと呼ばれた暗殺者は知っていた。


 それは戦場の空気だ。

 彼女の領域の、死神の縄張りの空気だ。

 誰かがこの場に、死を持ち込もうとしている──?


 ひかげは自嘲した。


 考え過ぎだ。

 初めてのデートで舞いあがって、私の勘も狂っている。

 ここは世界一治安の良い国、日本。

 誰も拳銃を持ってないし、ナイフを持ち歩くことすら検挙対象となる犯罪に対して異常に神経質な国。

 私はこのコンサートを楽しんで、一人の女子高生として、デートを満喫すればいい。


 彼女は自分が感じた違和感を無視することにした。


 結論から言えば、その判断は間違っていた。

 

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