南越谷新越谷駅南口
「えっ、神崎さん」
「あ」
2月14日。神崎ひかげは待ち合わせの場所にいた。
"オールドオウル"トクナガのバレンタインの情報は、ネットの情報で裏を取ったが、間違い無さそうどころかこの国ではクリスマスやニューイヤーパーティー並のビッグイベントであるらしかった。
不本意だがその大型イベントの約束を反故にするのは、潜伏している人間関係に不用なトラブルの原因になりかねなかった。
「おはよう、島谷くん」
「早くない?」
「何かのトラブルで遅れたら行けないと思って」
「でも……約束まであと1時間20分もあるよ?」
ミッション開始時間より早く現地入りしてある程度の下見をするのは訓練された彼女の習慣だった。
「えっと、島谷くんだって」
「それは……まあ。呼び出したのは僕だし、神崎さんを待たせちゃいけないと思って」
「今来たとこだから」
「本当に? 良かった。朝ごはん食べた?」
「ううん。まだ」
「場所を移動しよう。スタバでいい?」
「うん」
かつて死神の両腕と呼ばれた暗殺者の初めてのデートはまずは概ね問題なくスタートしたようだった。
***
「神崎さん。今日はごめんね。休みの日に呼び出したりして」
「大丈夫。バレンタインのことを教えて、ってお願いしたのは私だし」
「今日は……他に予定あったりするの?」
「ううん。時間は気にしなくて大丈夫」
駅前のスターバックスの席に陣取った二人は、そんな何気ない会話をしていたが、神崎ひかげには興味深かった。
そうか。これが平和な国の若者の、休日の過ごし方か。見えてる? フィーア。あの時なにかボタンの掛け違えがあったら、死んだのは私で、こうしてヤパーニチェの若者とモーニングコーヒーを飲んでいたのはあんただったかも知れない。
「バレンタインのことなんだけど」
「はい」
「日本では……恋人のイベントなんだ」
「恋人のイベント」
「そう。好きな女の子が、いや、女の子が、多くの場合はチョコレートなんだけど、プレゼントを用意して、つまり……好意を寄せる相手に、渡すんだ」
「へえ」
「それで、言葉だけでは、分かりにくいかと思って、その」
島谷はシンプルなデザインのナップサックから小さな包みを出した。
「いや、そんなに重く受け止めないでほしいんだ。これは、つまり、バレンタインの説明に必要だったし、ほら、お近づきの印というか、こっ、恋人とか彼氏彼女とかそういうのでは全然なくて、こう、なんというか」
正直、この展開はひかげにも予想外だった。
バレンタインは女が男にプレゼントする日だったはずだし、例えばプレゼントを出すにしても会って出鼻とは思っても見なかった。
要するにひかげは充分に驚いていたのだが、それ以上に目の前で大汗を掻きながら謎の言い訳を言い募る若者のセルフ動揺ぶりがおかしく、また死と闘争の地獄を生きてきた彼女には平和な国の若い男の考えることが新鮮で、可愛いく初々しく感じて、つい頬を緩めてしまった。
「それで?」
「そう、つまり……友達として、仲良くなりたいんだ。僕は、島谷浩一は、もっと知りたいんだ。神崎ひかげさんのことを」
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