リンナの過去


 う,といううめき声と共にリンナは膝をついてしゃがみ込んだ。口から透明な液体がこぼれ落ちた。そう痛みは感じないシステムのはずだが,不快な感触がこみ上げているのだろう。

 リンナのヒットポイントゲージが表示された。数センチ、割合で二十分の一ほどのゲージが減った。ほとんどダメージは受けていない。それもそのはずだった。

 リンナが脇腹を押さえながら立ち上がる。


「ばかにしているの? 峰打ちで相手をするなんて。剣を向けなさいよ」


 ぜえぜえ言いながら剣をまたこちらに向けた。


「まさるがその気なら,いいわ。そうしていなさい。最初で最後のチャンスをあなたは逃したの。今度は私の番。まさるみたいに同情しないから。結局,夢も希望も叶えられずに死んでいくのよ」

「ぼくは死なない。リンナも傷つけない。それに,この勝負はぼくの勝ちと言っていいじゃないか」

「私は負けていない! あんたみたいに,ゲームにのめり込んだ陰湿なやつに負けるはずないじゃない!」


 リンナは肩を上下に揺らしながら,つばを飛ばして言った。

 カラン、という音を立ててぼくは右手から剣を落とした。軽くて,おもちゃのような安っぽい作りの音がした。

 リンナの元に歩み寄ると,彼女はぼくの動きに合わせるように後ずさりした。

 

「来ないで! 来るなら剣を持ちなさい!」


 リンナは眉間にしわを寄せてぼくを拒絶した。それでもぼくはゆっくりと歩み寄る。


「どうしてそんなにゲームを毛嫌いするの? 地球が滅びる危機というのは確かに怖い。でも,こんなことはそうあるものじゃないし,かなりレアなケースだと思う。科学の発展で文明が進歩して,時には自然や人間の命に影響があってもぼくたちは便利な生活を手放さない。それなのに,ゲームだけ敵対視するのはおかしい。そんなの間違っている。ゲームに救われた人だって,ゲームと共に内面を成長した人だっているんだ」


 思っていることを吐き出した。言いたいことは言った。分かってくれなければ・・・・・・,その後のことは考えていない。

 リンナの表情は曇ったままだ。ぼくの思いは,きっと届いていない。なにがリンナにそう思わせているのだろう。何か特別な事情があるとしか思えなかった。


「教えてよ,リンナ。何があったの?」


 リンナは目に涙を浮かべている。


「弟が殺されたの・・・・・・ゲームにね」

「殺されたってどういうこと?」


 思い出したくもないといった様子でリンナは頭を振ったあと,ため息をついて話し始めた。


「比喩的な意味で世。もちろん,命を落としたわけではないわ。でも・・・・・・」


 次第にリンナの声が鼻声になる。ぼくはリンナが再び話し始めるのを待った。


「弟は変わったわ。ゲームにのめり込んだあの日から。そして,私の家族は崩壊した」


 リンナは自分の家族について語り始めた。


ーーー



~リンナside~




「カズキ、いい加減にしないとだめよ。ご飯の時ぐらいげーむをしまいなさい」

「はいはい,分かったよ。リンナ姉ちゃんもスマホつついているじゃん。注意しなよ」

「お姉ちゃんは言ったら聞くけど,中学生になってから,あなたは最近ひどいわよ」


 めんどくせえなあ,と言ってカズキはゲームをしまった。持ち運びの出来るタイプで,オンラインで友達と会話をしながらゲームが出来るらしい。私の教室でも,男子達が楽しそうにゲームの話をしている。

 書き込むようにご飯を食べると,カズキは自分の部屋へと上がっていった。


「こら! 合掌して,食器ぐらい自分で持って行きなさい!」

「分かった分かった! あとでね」

「今すぐしなさい! ご飯がこびりついたら洗うのだって大変なんだから」

「じゃあ,姉ちゃんあとはよろしく」


 カズキはそう言って自分の部屋へと戻っていった。「ゲームにスマホ、持たせてろくなことはないわね」とため息をつきながらママはカズキの食器をシンクへと運んだ。


「最近ゲームばっかりしてるね。勉強は大丈夫なの?」


 ママに尋ねると,それがね,とため息をついて答えた。


「入学した頃はよかったのよ。こんなの簡単だって言って,成績もうえから数えられる位置にいたんだから。でも,最近は全くミニは言っていないらしくて。この前も担任の先生から連絡がかかってきて,『提出物が全く出ていないから家庭でも指導よろしくお願いします』って。まったく,困っちゃうわよね」


 残り物のご飯をタッパーに詰めるながら、寂しそうな顔をしてママは言った。

 確かに,ここのところカズキの様子はおかしい。昔は素直で愛想もよかったのに,なんだか最近は言葉遣いも荒いし,それに体型も変わってきた。運動会では徒競走はいつも最後のグループだったし,学校の駅伝大会でも三番くらいだった気がする。今はそんな俊敏な動きが出来ないのではないかと思うほど,少しずつ丸くなってきている。


『リンナも,スマートフォンはほどほどにね。あなたは今年受験もあるんだから』


 そう言うと,ママはすぐに後悔したような表情を見せた。


「こうやって小言を言うからかえってよくないのかしらね。隠れてゲームをやるようにもなったし」


 重苦しい雰囲気が支配するリビング,にお風呂の湯が張り終わったことを知らせるメロディが鳴り響いた。


「リンナも疲れたでしょ? お風呂に入ってゆっくりしなさい」


 は~い,とわざと気の抜けた返事をしてパジャマを取りに部屋に上がった。隣のカズキの部屋ではゲームの音が鳴り響いている。ママが心配するのも無理はない。生活習慣が乱れて朝も弱くなっているのに,学校から連絡も来るなんて。

 パジャマと下着を持って浴室に向かう。部屋を出る前にスマートフォンを手に持ったけど,今日はやめておくことにした。

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