苦しい選択


「みんなは,元の世界に戻ったらどうするの?」


 リンナが唐突に問いかけてきた。どうする,と言われても,今と劇的に変わった自分を想像することも出来ず,ぼくも雄大も返事を返すことが出来なかった。


「私たち,この世界を離れたら二度と会えないのかな」


 リンナの横顔を見ると,胸の奥がきゅっと締め付けられるように痛んだ。リンナとも雄大とももう会うことは出来ないのだと思うと,息が苦しくなる。


「ぼくはオーストラリアだけど,日本に帰ってきたら集まろうよ。ぼくたち,友達だよね?」


 雄大の言葉にぼくもリンナも反応しなかった。そのことについてあえて答える必要は無かった。口に出すのも恥ずかしいほどに,ぼくたちの心は繋がっている。


「そうだ,連絡先を交換しようよ。元の世界でも,連絡が取り合えるようにさ。ゲームのIDとかでもいいし」


 雄大の提案に,リンナはありえない,と言った表情で声を張った。


「何を言っているの? 私たちの世界を破壊しようとしたり,めちゃくちゃじゃない。こんな世界があって良いわけがないわ。それに,今の社会問題だって知っているでしょ? ゲーム障害で日常に支障が出たり,身体に異変が起きたり,人間関係が壊れたりでめちゃくちゃじゃない。もう・・・・・・全てを終わらせるのよ。こんな世界は必要ない」


 リンナが心底ゲームを嫌っているのが伝わってきた。でも,ぼくは口を開かずにはいられなかった。


「ぼくはゲームが好きだ。地球も守るし,この世界も守りたい」


 それに,と息を大きく吸って続けた。夢について語るのは,今日が初めてだ。


「ぼくは,ゲームプログラマーになるのが夢だ。これからはぼくがみんなを楽しませる,時間を忘れて没頭できる世界を作る」


 気付けば,閂が取り付けられた頑丈そうな扉が目の前にあった。この扉の奥に最後の敵がいる。倒すことが出来れば,ゲームクリアだ。

 ボス戦まですんなりといかないことは分かっていた。閂に手を伸ばす前に,リンナが回り込むようにしてぼくの前に立ち塞がった。


「先に倒す相手がいるみたいね」


 目の前に選択肢が現れた。この選択肢は,今までのなによりも,そしてこれから選ぶどんな分かれ道よりも一番苦しい選択であるに違いない。



→ リンナと戦う

  リンナの考えに従う



 ぼくは目を閉じて,大きく深呼吸した。そして,リンナと戦うことを選択した。



 剣を抜き,リンナと向かい合った。


「ちょ,ちょっと,何しているの二人とも! 落ち着いてよ! 話し合ったら分かるって!」

「もう分かっている。二人とも強い意志を持っているの。簡単な気持ちで剣を向けないわ」


 涙目の雄大を振り切り,リンナが一気に距離を詰めてきた。

 間合いに入る直前にリンナが剣を振りかぶった。そのまま振り下ろしてくるつもりだろう。


→ 斬りかかる

  受ける

  避ける


 初めての手合いで,勝負を早まってもろくな事は無い。かといって,そう広くはない空間で後退を続けても後手後手に回るだけだ。悩んでいる時間は無い。リンナの剣を受ける選択をし,剣を地面と水平に構えた。

 ガチン,と無機質な音が響いた。重い。甘かった。ここまで一緒に旅をしてきた仲だ。相手を傷つけることが目的ではなくて,自分の意志を認めさせるための戦いのつもりでいた。でも,リンナは自分の信念を貫くために相手に遠慮をしないという覚悟を持っている。そのことが剣を通してしびれるように伝わってくる。このまま甘い気持ちでやっていると,命を落とすだろう。

 受けた剣が徐々に押し込まれてきた。


「女の子だからって,なめてるんじゃないの?」

「いや,リンナの方が一枚上手なのは知っている。でも,覚悟が足りなかったのは事実だ。ぼくも誠心誠意、正しいと思ったことのために剣を持つよ」


 リンナの剣を横になぎ払い,間合いを取るために後退した。

客観的に見ると,力もスピードもリンナの方が上だ。でも,勝てるという自信が胸の中に広がっていた。リンナは冷静ではない。平静を装ってい入るが,明らかに肩に力が入っている。隙を突いて攻撃を入れる瞬間はいくらでも生み出せそうだった。

足の内側に重心をためて,前後に身体を揺らした。相手の動きに合わせて臨機応変に対応できるように。

肩を怒らせたままリンナが突進してきた。今度は右肩の後ろに剣を振りかぶっている。そのまま左方向に剣を振り下ろすつもりだ。



→ 剣をふるう

  受ける

  避ける



「はあっ!」


 思った通り,リンナは剣を振り下ろした。その剣は空を切った。

サボテンを一刀両断したときのような鋭さは失っていなかったが,動きは見えやすい。剣の軌道に合わせて身体をリンナの左側に滑り込ませた。

ノーガードのリンナの脇腹が目の前にある。一瞬躊躇した。ここで剣を振るっても良いものか。リンナは大切な仲間だ。傷つけることは望まなかったが,そんな甘い覚悟は捨てたはずだった。

目をつぶり,剣を握る手に力を込める。

表情は見えないが,しまった,とリンナが感じているのが分かる。選択肢が表示された。



→ 攻撃する

  間合いを取る



 ぼくは,剣を振るうことを選択した。そして,全体重をかけて剣を押し込んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る