誇りとともに


 日本刀で竹を鋭角に切り込むシーンをアニメで見たことがある。修行の一環で竹を切るのだが,何度やってもうまくいかない。それでも,努力を怠らすに続けているうちに自分の中で何かをつかみ,見事に竹をたたき切る。

 リンナの剣がサボテンを真っ二つにした。まるでアニメの再現を見ているかのような綺麗な太刀筋だった。サボテンの身体は次第に透けていき,やがて浄化された。そこまでがリンナの仕業であるかのような一連の美しさに思わず見とれていた。


「どうしてあんな危険なことをしたの? まさるが危ないって言ったのに」


 弱々しい声で雄大が言う。リンナは剣を腰にしまい,涼しげな顔をしている。


「これからリスクを抱えて戦わないといけない敵が現れたらどうするの? 今までみたいに逃げるの? 私はそんなのまっぴらなの」


 服についた埃を払うと,リンナは笑った。八重歯が生えていることを,ぼくはこのときまで知らなかった。


「安心して,これからは私が守ってあげるから。さ,行きましょ」


 リンナは大きくのびをして,背筋を伸ばして歩き始めた。その背中はどこまでも頼りがいがあった。ぼくは大丈夫だと安堵しかけた時,いやいやと首を振る。守ってもらうつもりでどうするんだ。自分が前に立つんだろ。しっかりしろよと自分に言い聞かせ,雄大と共にリンナの横を歩いた。



 目的地に近づくと,雲行きが怪しくなってきた。いつ雨が降ってもおかしくないような曇天の曇り空は,それだけでぼくたちの気分を沈ませた。遠くの方では雷がときおり鳴り響いているが,そのたびに雄大が小さく声を上げていた。


「いちいちうるさいわね! 黙って歩けないの?」

「リンナは怖くないの? もう少し女の子らしくてもいいと思うんだけど」

「だれが男勝りの暴君だって?」

「いや,そこまでは言ってないんだけど・・・・・・」


 リンナが雄大の脇腹に裏拳を入れようとすると,雄大が光の速さで逃げていった。


「着いたね。いよいよだ」


 目の前には厳かな城がそびえ立っていた。両サイドに煙突のような屋根が着いており,中心は円形の形をした城は,世界遺産を彷彿とさせる。ただ,長い間その場所に存在していてことは覆われたツタの量で想像することが出来た。悪天候もあいまってとてもじゃないが観光でふらっと寄ろうという気持ちにはなれそうもない。


「まさか,今更『やめよう』とか言い出さないわよね?」


 リンナが顔をのぞき込んでくる。少しだけ良い匂いがした。リンナが近くに寄ってくると,少しだけどきどきする。


「さあ,行きましょう。最後の戦いに。この世界を終わらせに」


 リーダーシップを発揮してぼくたちを導くリンナは,ジャンヌダルクのような存在だ。ただそこにいて,一声かけてくれるだけでぼくの心は鼓舞された。

 この城の中には地球を破壊する力を持った竜がいるのだ。ぼくたちはその竜を退治しなければならない。そうすることで地球は救われる。でも,そのあとこの世界はどうなってしまうのだろう。

 意気込んで竜のいる城に乗り込むと同図に,心の中で濁った渦がのような感情がぐるぐると回っていることに気付いた。ぼくは,リンナがこの世界を終わらせるたいと思っていることに同意できないでいた。



 城の中にはモンスターで溢れているかもと身構えていたけど,そんなことは無かった。生き物がいる気配はぼくたちの他に感じ取ることはなく,ただただ三人で歩く足音だけが不気味に場内に響いていた。

 頭の中でリンナの発言がこだましている。


 この世界を終わらせる


 それは,まぎれもなくリンナが臨んでいることだ。それは,ぼくと雄大が臨んでいることとはきっと違う。雄大はどう思っているのだろう。雄大もゲームが好きなはずだ。

 考えれば考えるほど,分からないことが次から次へと浮かんで押し寄せてきた。

 そういえば,リンナはどうしてこの世界にいるのだろう。ぼくや雄大は,現実世界に嫌気がさしていた。

そして,自分を帰る場所としてきっと自分たちが愛してやまないゲームの世界へと招待された。リンナは,そんなぼくたちの境遇とは全く違うように思われた。快活で,勉強やスポーツもきっとずば抜けて出来るだろうし,周りから慕われているに違いない。それに,恋人だっているに違いない。

 リンナの現実世界での様子を想像すると,幸せな日々を送っているに違いないのに,なぜか心が痛んだ。


「なに暗い顔しちゃってんの? そんなんだったら,元の世界に戻ったときに女子達ががっかりしちゃうよ」

「からかわないでよ。ぼくのことを見ている女子なんていないから。見るとしても,嘲笑の対象になっているときだけだよ」

「あら,ほんとに? 意外ね」


 リンナにそんな冗談は言って欲しくなかった。むっとしてリンナの顔を睨み付けるつもりで顔を向けると,心底意外そうな顔をしていた。


「本気で言ってんの?」

「だって,控えめなくせに芯はしっかりしているし,それに,自分を変えたいって意志が強いじゃない? 足が速くて,ちょっと悪い男の子が好きって言うのはもう卒業したお年頃でしょ? 素敵な男子って言うのは内側から何かあふれ出てくるものなのよ」


 目の前に手をかざしてみた。とても何かがあふれ出ているようには思えない。もちろん,リンナは目に見える物理的なことを言っているのではないことは分かっている。でも,そのことがなおさら腑に落ちなかった。人に何かを感じさせるような雰囲気があるなんて。

 自分の事が,ほんの少しだけ誇らしくなった。

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