ごめんね。


「ライアンっ!」


 ライアンの身体に刃を突き立てているは,トルコだった。いったい何が起きているのか。訳が分からない。とにかく,ライアンの手当てをしないと。

 みるみるうちに服が赤く染まっていくライアンの元に駆け出そうとすると,右手を突き出して制止した。その目はうつろになりながらも炎のように強い意志が感じ取れた。


「ライアン・・・・・・ごめん。ぼくの代わりに」


 絞り出すように言ったのは雄大だった。ライアンが雄大をかばったということか。でも,なんだか不自然だ。雄大は突き飛ばされたように岩壁に背中を押しつけて倒れ,ライアンはぼくの真後ろで刺されている。これはいったいどういうことだ。


「雄大、立派だったぞ。その鋭い感覚と,優しい心をこれからも失うな。人のために命を失うには早すぎる年齢だ」


 苦悶の表情を浮かべていたライアンが,雄大の方を向いて微笑みかけた。雄大は鼻水を鱈足ながら何かを言っているが,嗚咽がまじってうまく聞き取れない。それでもライアンは,何度もうなずいている。

 次第に状況がつかめてきた。刺されそうになったぼくをかばうために雄大が盾になろうとした。そこをライアンが割って入り,重傷を負った。ぼくは二人に命を助けられたのだ。ライアンと雄大を見ていると,こぼれる涙が抑えられなかった。ぼくはいつだって,誰かに守られている。


「感動のお別れの所大変恐縮だが,朗報だよ。今からこのガキどももおっさんと同じあのように送ってやるよ」


 トルコが突き刺した刀をうろこの見える手で引き抜こうとした。こいつが例の化け物だったんだ。ぼくたちを騙し,そして殺そうとしている。

 やらなければ。ここで一矢報いて,ライアンを早く医者の所に連れて行かないと。

 剣を抜いて一歩踏み出そうとすると,トルコに睨まれた。それだけでも身体はすくみ,言うことを聞かなくなる。


「まずはお前からだな。楽にしろよ。すぐにあの世に連れて行ってやる」


 こっちに来る! そう思ったがトルコがおかしな動きを見せた。ライアンが左手で剣を握りしめている。トルコは剣を抜けないのだ。足下にはみるみる血が溜まっている。


「無駄な抵抗はよせ。苦しいだろ?」


 荒かった呼吸が怖いほど静まっている。身体の機能がずいぶん衰えているのかも知れない。ライアンが,ぼくたちの届かないところに言ってしまいそうで怖い。


「お前は見誤っている。人間の強さを。この子達は・・・・・・お前よりも強いぞ」

「このガキどもが,おれよりも強いだと? 今にもおもらししそうなこのガキが?」


 鼻で笑うようにしていたトルコの顔に眉間が深く刻まれた。目の瞳孔が縦に開き,鋭い歯をむき出しにしてライアンを見下ろしている。


「証明してやろう。俺様が人間という劣った種族とどれほど格が違うかを」


 あの世で見てな,と冷たく言い放つと,剣を持っていない方の手でライアンを殴り飛ばした。ずぶりと身体から剣が引き抜かれ,ライアンはその場でぴくりとも動かなかった。



 目も当てられない光景だった。生きているとは思えない目の前で繰り広げられた残虐な光景に目を背けたくなり,聞きたくない不快な音に耳を塞ぎたくなった。でも,自分のために命をかけたくれた雄大やライアンを救いたい。その結果がどのようなものであろうとも,正しい生き方を,誇れる生き方をしないといけない。

 ライアンの元に駆け寄った。呼吸がない。でも,かすかに鼓動がする。ヒットポイントのゲージが現れた、ライフを現すゲージはほとんどなく点滅している。


「使って。わたしはあいつを許さない」


 リンナがタオルを差し出した。


「何の役にも立たないかも知れないけど,とにかく止血をして」


 そう言うと,駆け出した。手には短刀を持っている。一騎打ちで戦うつもりだ。走り去った直後、ぼくの手に一筋のしずくが線を引くようにしてこぼれてきた。りんなの横顔からは涙のようなものが流れていた気がした。

 リンナを信じて,とにかくぼくはライアンの命をつなぐことだけを考えないといけない。


昔、学校で防災訓練をしていたときのことを思い出した。非常事態にどのように動くべきか,けがの応急手当をどのようにするべきか。消防隊の人が丁寧に教えてくれた。その時のことを必死に思い出そうとした。

だけど,ぼくはその時のことを思い出せなかった。なんとなく簡易担架のようなものを作って運んでいる人の記憶が断片的には浮かぶものの,具体的な処置になると全くだめだった。ぼくはその日、適当に傍観していたのだ。


 学ぶことを放棄することで,本当に大切なときに力を出せないと言うことを痛感した。学校にいけなくなったのは不遇な環境だったためで,何もかも周りのせいにしていた。けれど,ぼくはいつも責任を他人に押しつけることで言い訳をし,必要なことを何も身に付けていない。この世界に来て,ぼくは自分の至らなさを痛感してばかりだ。大切な人を守るために,学ばなければならないのだ。



 今となってはもう遅い。とにかく,タオルをライアンの腹部に押さえつけて,これ以上血があふれ出ないようにした。うっ,と苦しそうな声をわずかに漏らしたが,これ以上どうすることも出来ない。みるみるうちに赤く染まって湿り気を帯びるタオルを見ながら「ごめんね」と呟いた。

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