赤く染まりて


 おじさんの名前はトルコといった。トルコは声を潜めて話し始めた。


「この奥で,人魚のような生き物を見た」

「・・・・・・美人か?」


 リンナがライアンに蹴りを入れた。激しい痛みを感じるところにヒットしたらしく,悶絶している。ヒットポイントのゲージが表示されて一気に半分以上減った。


「美人? リトルマーメイドのような生き物を想像しているのかも知れないが,そんなかわいらしいもんじゃない。尾びれがついて颯爽と水の中を泳いでいるんだが,顔は人間とアンコウがミックスしたような強面といったところだな。半魚人なんて見たことないが,まさかこんなところにいるとは・・・・・・」

「ところで,どうしておじさんはここに来たの? すごい荷物だけど」


 雄大が問いかけると,トルコはポケットから一枚の写真を大事そうに取りだした。必死に逃げてきたのだろう。丁寧に扱っているもののその写真はしわくちゃだった。


「最近村で子ども達が行方不明になる事件が続いてな。その子達が最後に目撃されたときには,必ず誰か大人と一緒にいたと言うことだ。で,その大人と共にこの方角に進んでいるのが分かっている。その先にあるのはこの洞窟だから,まずあたるならここというわけだ。昨日,とうとう我が子が連れ去られた。だから,同じく子どもを失った大人二人と調査に乗り出したというわけだ」

「それで,他の二人はどうしたの?」


 雄大がごくりとつばを飲み込んだ。この話の続きは・・・・・・想像が外れて欲しいと願うばかりだ。


「一瞬だった。半魚人の生き物に引きずりこまれ,助けようとしたときにはあたりは血の海になっていた。とっさにその場を離れようとしたときには,すでにもう一人の男が引きずられていったんだ。おれは,おれ一人はのうのうと生きている。子どももきっと引きずり込まれただろうに。怖かっただろうに。痛かっただろうに!」


 最後には悲痛な声で話し,大粒の涙を流した。


「大丈夫。まだやれるべき事はあるはずよ。子どもの屍は無かったのでしょ? せめて服が浮かんでいても良いはずよ。最後まで出来ることはやってみましょう」


 トルコの顔に光が差したように見えた。でも,すぐに陰りが覆った。


「ありがたい。でも,見ず知らずの人のために君たちの命を危険にさらすことはない。運が悪かったんだ。ここも安全地帯とは言えない。早く離れよう」

「いいえ。ほっとけないわ。その生き物は私たちがなんとかしてみせる。じゃないと村でも落ち着いて過ごせないじゃない」


 ね,とリンナは太陽のような笑顔を見せた。洞窟の中にもかかわらず,明るくなったような気持ちになる。雄大は膝を震わせながらも力強く頷いた。



→ 戦う

  出口に向かう



 目の前にコマンドが現れた。ぼくは,ぼくたちは人を食らう化け物と戦う選択をした。



 トルコはカバンの中から太い木の棒とスポイトのような形をした容器を取り出した。棒の先端にスポイトから油のような液体を落として火を付けた。あの大きなリュックサックからは旅に必要なものはなんでも出てくるのだ。


「せめて先導させて欲しい。足下が悪いから明かりからあまり離れないように。しばらく歩いて開けた場所に出ると明るくなる。そこにある小さな池のようなところに例の生き物がいるから,あまり近づかないように」


 息をのみ,トルコの背中をついていった。

 ごつごつとした凹凸やぬめりに気をつけながら五分ほど歩くと,だんだんと明かりがなくても周りの様子が分かるようになってきた。


「見えるか? 少し遠くて見えにくいが,あそこに化け物がいる」


 トルコが指さす方向を見ると,確かに大きなくぼみがある。穴のように見えるその場所からは岩があるように見えたが,それはわずかに揺れていた。。きっと水が景色を映して反射しているのだろう。


「あなたたちは少し距離を取って。わたしが先に様子を見てくる。

「そういうわけにはいかないよ」

「だめよ雄大。だってあなた,生まれたての子鹿みたいに震えているじゃない」

「でも・・・・・・」

「ありがとう。ジェントルマンなところがあるのね。じゃあ,何かあったらよろしく」


 そう言ってウインクすると,忍び足で進んでいった。雄大の頬が林檎飴のように色づいている。その紅潮した横顔を見ながら,ぼくは何て弱いのだろうと思った。ぼくが行くべきなのに,声を上げられなかった。一生懸命生きると決めたはずなのに,恐怖心に打ち勝てないでいる。

 リンナの後を十メートルほど間隔を開けてついていく。もうそこに池があるというところで立ち止まり,近くにある小石を拾って投げた。

 雄大が後ろで呼吸を止める。無茶をするな,と言う暇も無かった。心臓がはねるような鼓動を打ちつけている。

 リンナはその場から動かなかった。そっと池の中をのぞき込む。そうしてしばらくした後こちらを振り向いて,両手の平を上にして肩をすくめた。何も変わったことはないようだ。

 ほっとしたのもつかの間,リンナの目が見開かれた。甲高い叫びと共に後ろに手をついて倒れた。

 何かが起きたことを察知して後ろを振り返ると,手を伸ばせば届く位置にライアンがいた。徐々に腹部が赤く染まる。背中から刺された鋭利な刃物が腹を貫通して切っ先がこちらに見えていた。

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