異国の地にて
自分が攻撃されていると雄大が気付くのには時間がかからなかった。クラスでの伝達事項のうちで雄大だけが知らない内容があると言うことが立て続けに起こった。朝会がある日は体育館に登校後すぐ集合することや,教室の移動があることを伝えられないことが続いた。何かあるたびに「忘れていました」と担任の先生に言い訳をしていると,次第にだらしがないやつというレッテルを担任からも貼られた。授業中、メモ用紙のようなものが回り始めても,それが自分の元へ届くことはなかった。時折,男子がぼくの方を見てクスクスと笑っているのが目に入る。無視を続けていたある日,掃除の時間に例のメモ用紙が落ちていることに気付いた。誰も自分のことを見ていないことを確認すると,そのメモには,悪口がこれでもかというほどぎっしりと埋め尽くされていた。筆跡が異なるものが連なっていたことからクラスの全員が自分に牙をむいていることは容易に想像できた。
家では,親に心配をかけたくなくてきさくに振る舞った。それもいつの日か限界を迎えた。珍しく転勤の続かない年が続いたが,雄大は限界だった。とうとう雄大の父さんは転勤を自ら志願した。次の勤務先はオーストラリアということだったが,雄大にとっては良い機会だろうと言うことで,中学校に上がるタイミングで家族揃ってオーストラリアに引っ越しをした。
不安な気持ちがなかったわけではないが,これまでの関係性から解放されるという安心感に包まれていた。でも,オーストラリアでの暮らしはそんなに甘いものではなかった。
オーストラリアでの暮らしは始めは最高だった。ゲーム漬けになりかけていた生活が一変するほどの気持ちよい気候で,人間関係も良好に気付けた。
初めて足を踏み入れた学校は緊張したが,スタートもよかった。
「おはよう。いつからここへ?」
始めに声をかけてくれたのは日本人だった。この学校はいわゆる人種のるつぼと言える状態で,様々な国籍や肌の色、多様なジェンダーの人が生活することで有名だということを後から知った。彼らは積極的にぼくと関わりを持とうとしてくれた。きっと,ぼくからみんなに話しかけることは出来なかっただろう。ぼくに声をかけてくれた日本人は北井くんと言った。
「先週,東京から引っ越してきたんだ。お父さんの仕事の関係で」
「そうなんだ。いろいろと大変だね。学校のこともいろいろと分からないでしょ。ぼくがいろいろと教えてあげるよ」
北井くんはとても優しくて,面倒見がよかった。ところで,と北井くんは続けた。
「Do you speak English?」
「どぅーゆー・・・・・・? なんて?」
英語を話していることだけは分かったが,あまりにも流ちょうにしゃべるので何を言っているのか全く分からなかった。そんなぼくに北井くんは優しく微笑みかけた。
「英語が話せないといろいろと不便だからね。ぼくもこっちに来たばかりの時は全く話が分からなかったけど,すぐに慣れるよ。それまでぼくが通訳してあげるね」
北井くんが天使に見えた。久しぶりに人の優しさに触れると,心が洗われたような気持ちになった。人ってこんなに優しいんだと,その時は幸せに満ちあふれていた。
話は分からないけど,少しずつ友達が出来た。オーストラリアの友達は日本の文化に興味を持っており,いろいろなことを聞いてきた。日本の発音が難しいらしく「ヒューダイ」と名前を呼ばれるのになれた頃、事件が起きた。
「ユウダイ,日本ではどんなことをしてたんだい? 君の趣味を教えてくれよ」
北井くんが通訳してくれた。ぼくは自分の好きなゲームやアニメについて語った。大好きなRPG,サバイバルのゲーム。彼女がいる感覚になれるような青春ラブストーリー。やってきたゲームの種類は豊富だったため,次から次へと話題は口から付いて出た。時折ケータイで実際に映像を見せながら話したりもした。日本の学校で辛い思いをしたことには触れなかった。思い出したくもなかったし,わざわざ傷口を見せる必要は無い。そんなことも考えながらではあったが,自分の好きなことについて話をするのは楽しかった。夢中になって話をした。
でも,事態は急転した。
「まだ話すの?」
気付けば,冷たい目をして北井くんがぼくを見つめていた。その目は,話にうんざりしたというよりもどこか軽蔑の色がまじっている目だった。日本の学校で浴びたのと同じ種類のものだった。
「ごめん。退屈だったね」
自分だけ話をして申し訳ない,というつもりで北井くんに謝った。少し連れている器もしたけど,それ以外に理由が見当たらなかったのだ。
「いや,そんなことないよ。興味深かった。きみ,そんなゲーム毎日しているの?」
「今は毎日という訳ではないけど,日本にいたときはほとんど毎日だね。・・・・・・どうかした?」
北井くんは頭をかきながら,顎を突き出すようにしてぼくを見下ろした。
「ふーん。気持ち悪いね」
そう言うと,ぼくのもとから去って行った。
残されたぼくとオーストラリア人は,お互いに顔を見合わせながらただそこに立ち尽くしていた。
それからぼくがこの学校に居場所がなくなるまでの時間はそうかからなかった。
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