誓い
次の日から,ぼくは無視された。北井くんだけではなく,教室の全員から。
「日本に帰れ」
かろうじて理解できた英語は,そのようなものばかりだった。原因は明らかだった。北井くんがぼくのことで何か言ったのだ。英語が話せないぼくには直接友達に聞く手段を持たなかった。
「北井くん、ぼく何かしたかな?」
勇気を出して声をかけた。できるだけ,刺激しない言葉を選んだつもりだった。でも,北井くんはぼくの顔すら見たくないといった様子だった。
「知らないよ。自分で聞けば?」
「でも,ぼくはうまく話が出来なくて・・・・・・」
「そっか。お前ばかだもんな。じゃあ英語の勉強するか,帰ってゲームでもしてなよ」
じゃあな,と言ってくるりと背を向けた。ぼくはひとりぼっちになった。きっと北井くんはゲームが嫌いで,オタクっぽいゲームをしているぼくに嫌気がさしたのだ。
ぼくはオーストラリアでも人とうまくやれなかった。
結局ぼくは,ゲームの世界でしか楽しく過ごせない。自分もその世界に物理的に入り込めたら良いのに,と念じていたら,この世界に招待されていた。
暗い気持ちで雄大の話を聞いた。ライアンは窓辺に腰掛けて我関せずと言った様子だ。ふと,RPGの世界にいじめはあるのかな,と思った。命をかけて戦う彼らには,現実世界のくだらない争いごとを理解できないのかも知れない。
雄大と向き合う形で両肩をつかんだ。
「一緒だよ。ぼくは学校に行けなくなったんだ。お母さんが女手一つで育ててくれているのに,自分が情けなくてお母さんにも反発する毎日。外に出るのは怖いし,学校では散々な目に遭ったから,その憎しみがお母さんに向けられているのかな。それって,すごく情けないよね。そんな嫌な自分の事を忘れさせてくれるのが,ゲームだったんだ。こっちの世界にこれてよかった」
でも,と力を込めて続ける。
「自分を変えたいって思って,ぼくはこの世界で初めて戦う選択をしたんだ。今,地球が化け物によって滅ぼされようとしている。確かに現実はろくでもない世界だけど,それでも守りたい。お母さんにも長生きして欲しい。何だか分からないけど,これからは自分のことを諦めるんじゃなくて,変わっていきたいって思うんだ。そりゃ,自分が悪いわけではないし,いじめてきたやつには反省して欲しいけど,まずは自分が変わらなきゃって」
だから,と雄大の肩を優しく揺さぶる。雄大はゆっくりと顔を上げてぼくの目を見た。
「だから,雄大も一緒にこの世界を救おう。行動を起こせば,自分のことが心から好きになれそうな気がするんだ。たとえ,多くの人が自分の事を受け入れてくれなくても,自分が自分の事を受け入れて,雄大みたいに一緒に頑張っている仲間がいたら,それで十分だと思うんだ」
ね,と雄大に問いかけた。雄大は返事をせずに,ぽろぽろと宝石のような涙を流した。
「ぼくなんかでも出来るのかな」
「できる。いや,ぼくは雄大がいないとできない」
力強く言い切った。雄大がうなずく。その顔は憑き物が落ちたみたいにすっきりとしていた。
「ぼくもまさるがいるなら出来る気がしてきた」
変わろう,とぼくたちは誓い合って,力強く握手をした。
「話は済んだか?」
話が一段落したのを察してライアンがやってきた。
「のんびり話している間に来たようだ」
「何が来たの?」
ライアンが顔を向けた方向を見ると,二十才ぐらいの男女二人組が依頼ボードの前に立っていた。
ぼくと雄大は駆け出した。
「おたくらも参加者?」
丸い目をぱちくりさせながら男の方が尋ねた。女の人は狐のようなつり上がった目をして何も言わずにツンとしている。
「勇者求むって書いてあるから気になって。勇者ではないんだけど,参加できますか?」
「もちろん。勇者になれるような人材を探しているってことだからね」
よし,っと二人でハイタッチした。
「でも,参加するからには覚悟してね。勇者になるって言うのはそう簡単なことではないから。苦しいこともあるだろうし,心が折れそうなことだってあるでしょう。それらを乗り越えられるのかな?」
「それって,具体的にはどんなことがあるのですか?」
おどおどとしながら雄大が尋ねた。今さらそんなことを気にしたって仕方ないだろ,と言おうとしたが,実際ぼくも不安でたまらない。これからどんなことが待ち受けているのだろう。
突然,狐目の女の人がカッと目を見開いた。
「そんなんじゃ無理ね。もう参加するのはやめなさい。きっと挫折するわ。時間の無駄。命の無駄。覚悟がないんだもの。やるならやるでドッシリ腰を据えられないの? 胸に手を当てて自分で聞いてみろ。どんなことがあっても乗り越えようと努力を続けることが出来るのか? 聞いたか? で,どっちなんだ?」
ものすごい剣幕でまくし立てられ,ぼくたちは微動だにできなかった。「手を当てろ!!」と怒鳴りつけられて反射的に手が動いた。
「心を落ち着かせて。自分に素直になるんだ。君たちはどんな人間になりたい? これからの旅は決して楽なものではない。それでも,立ち向かっていけるか?」
胸に当てた手が熱くなってきた。ぼくと雄大は目を開け,顔を見合わせる。
「できます」
ぼくたちは声をそろえて答えた。
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