ぼくとユウダイ


 遠くの方でぼくの名前を呼ぶ声がした。


「まさる。急にどうした? 何をぼけっとしているんだ」


 ライアンがぼくの頭を叩く。具合でも悪いのか? と心配そうに顔をのぞき込んだ。きっとぼくはひどい顔をしているに違いない。ほんの少し吐き気がする。息を大きく吸って心を落ち着かせた。大丈夫。今はあの忌まわしい世界とは別の所にいるのだから,何の心配も無い。


「大丈夫。ちょっとめまいがしたけど,よくなった」


 ならいいのだが,と納得してない様子でライアンはぼくを見ていたが,それ以上深くは聞いてこなかった。もう一人、ぼくの顔を心配そうに見ている少年がいた。そうだ,この子に自己紹介をしたところだった。


「ごめんね。ぼくはまさる。きみの名前は?」

「ぼくはユウダイ。こっちの世界に来たのは昨日のことで,全く何も分からなくて。それより,大丈夫?」


 ぼくの様子を気にしながら自己紹介をしてくれた。雄大という漢字を書くらしく,話しぶりからしてぼくと同じく現実世界からやってきた人間のようだ。この世界に入り込める人間にはなにか条件のようなものや共通する要素があるのだろうか。


「雄大はどこから来たの? ぼくは東京。東京って言っても,みんなが想像するような華やかで騒がしいところじゃなくて,少し外れた所なんだけど」

「いいなあ。離れているって言っても,電車ですぐに町中に出られるんだろうし,電車なんかも走っているしゲームセンターも大きいだろうし」


 ハッという顔をして雄大はうつむいた。話しすぎてごめん,と謝る表情には後悔の念がにじみ出ている。雄大もぼくと同じように,なにか抱えている者があるのだろうか。本当の人の気持ちはぼくには分かってやれないが,少しでも安心感を与えたいと思った。いや,そんなかっこいいものじゃない。もしかしたら,ぼくはだれかと気持ちを分かち合いたいだけなのかもしれない。それを善意という形で押しつけて自分の都合の良いようにしているだけだ。


「雄大もゲームが好きなの? ぼくはゲームが大好きで,家にいるときはずっとゲームをしている。というより,学校に行けなくて友達もいないし,ゲームしかすることがないのもあるけどね」


 自分でも驚くほど言葉がすらすらと出てきた。自分にとっては恥ずかしい,できれば語りたくないことだった。いつも親戚と会ったりするときに学校のことや友達とのことを聞かれるけど,素直に話せず口ごもっていた。そんなぼくを母は悲しそうな目で見つめ,親戚に目で合図を送っていた。全く関係の無い人だからこそ,素直に話せたのかも知れない。自分の発言に驚きを感じると共に,心がすっと軽くなっていることに気付いた。打ち明けるって,悪くないな。そう思った。

 ぼくと同じように,雄大の顔も明るくなった。そして,堰を切ったように次々と話し出した。




「ぼくはオーストラリアで生活しているんだ。日本の社会や英語の教科書でも見たことあるよね? コアラとかが載っていたり,日本とは違って南半球にある国。まさるのところは今夏休みだよね? オーストラリアは日本と季節が反対だから,今こっちはすごく寒いんだよ。オーストラリアで生活し始めたのはだいたい半年ぐらい前からなんだけど,いろんなことが日本と反対で頭がおかしくなりそうだよ。こっちのサンタさんは海を泳いでいるんだよ? おもしろいでしょ」


 本当に楽しそうに雄大はオーストラリアでの暮らしぶりを語ってくれた。その話を聞いていてぼくも楽しくなってくる。ライアンも,この世界から離れた所なんて見当も付かないだろうけど,優しい目をしてうんうんとうなずいていた。

 オーストラリアでの生活がすごく充実しているんだね,と雄大の話を聞いて素直な感想を言うと,雄大の顔に影が差した。


「オーストラリアは本当にいいところだよ。自然が豊かだし,海は綺麗だし,心が現れるような気分になれるんだ。だから,ぼくはよく時間のあるときは,疲れた心を癒やすために海行ったり森に行ったりするんだ」

「初めての環境だから,いろいろと疲れるよね」


 雄大の瞳がみるみるうちに潤んできた。しずくが限界までたまると,一筋、ツーっと光る涙がこぼれた。


「それもあるんだけど,ぼくはどこにいても人に攻撃されるんだ。きっと,鼻につくんだろうね」


 そう言って,雄大は自分の過去について語り出した。


 聞いた話は,まるで人ごととは思えないものだった。それは,多少の違いこそあれ,ぼくの置かれた状況と酷似したものだった。


 雄大は去年の冬まで地方の小学校に登校していた。田舎にあるその学校はそこまで規模が大きいところではなく,長い人だと幼稚園から中学校までずっと同じクラスで生活することになる。

 雄大は,小学校四年生の時に父親の仕事の都合でその学校に転校した。雄大の父親は転勤族と言われる頻繁に引っ越しを強いられる仕事らしい。

転校生と言えば同じ学年の子どもは大騒ぎをし,どんな人が来たのかで話題が持ちきりになる。クラスが複数あると全く関係の無いクラスの子どもが教室まで野次馬のようにのぞきに風景はぼくも何度も目にした。おそらく雄大もそれと同じように周りから注目を浴びたのだろう。ただ,その小学校で雄大は攻撃の的になった。その集団にとっては,雄大は今までの関係性にはなかった全く別の星からやってきた部外者なのだ。どんな集団でも,変わり者は目の敵にされる。



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