4:少年の契約

「それじゃあまずは、自己紹介をしましょうか。私は、エリーゼ。ここで案内人の仕事をしています。坊やはなんていうお名前かな?」

「僕はカケルだよ。よろしくね、エリーゼさん」

「はい。よろしくお願いします、カケル君」


 自己紹介を終えたエリーゼは、羊皮紙の一部を指さしながら、カケルに対して丁寧に説明をし始めた。

「えっと……まずはその資料をよく読んでね。それで、この四角の中に、カケル君の名前を書いてほしいんだけど……カケル君、文字は読めるかな?」

「よ……読めるよ! 勉強は得意だから!」

 この街では、学校に通うことができるのはお金を持っている偉い人たちだけで、カケルも学校という場所に行ったことはなかったのだが、それでもカケルは四姉妹からいろいろなことを教えてもらっていたので、難しい言葉はわからないが、簡単な文章なら読むことができた。


 カケルは、紙に書いてある内容を読む。

 そこには<<採掘者さいくつしゃ登録申請書とうろくしんせいしょ>>というタイトルが書いてあり、その下には採掘者の義務や権利がつらつらと書いてあった。

 子供向けの簡単な内容ではなかったが、難しい言葉の意味はエリーゼに聞きながら、じっくりと時間をかけながら、しっかりと読んだ。

 内容をまとめると、採掘者にはいろいろなルールがあって、そのルールを守れないなら、採掘者ではなくなってしまうということが書いてあった。

 そして、エリーゼが指さした場所に名前を書くことで、採掘者の登録をすることができるようだ。

「ここに名前を書けば良いんだね? ……ほら、書いたよ」

「そうよ! すごいわね! えっと……問題なさそうね。それじゃあこれは、カケル君のIDタグですよ。身分証明……カケル君がカケル君だってことがわかる目印だから、なくさないように気をつけてね」


 普段は採掘者の荒くれ者あらくれものを相手にしているエリーゼは、素直なカケルのことを見て、ついおせっかいをしそうになるが、「これは仕事、これは仕事だから」と口に出して言いながら、あまり依怙贔屓えこひいきをしないように気を付けていた。

 エリーゼが、鎖のついた、小さな金属の板をカケルに差し出すと、カケルはそれを受取ろうと手を伸ばした。

「あら、ごめんなさい、カケル君」

「いいですよ。ありがとうございますね、エリーゼさん!」

 IDタグを受け渡すとき、カケルと彼女の手がコツンとぶつかるが、カケルは特に気にした様子もなく、チェーンを首に掛けて、服の中にしまい込んだ。


 エリーゼは、カケルとぶつかった場所を恥ずかしそうに撫でて、それをごまかすようにカケルに話しかけた。

「そ、それじゃあ次は、カケル君の道具を調達しに向かいましょうか! ……えっと、私についてきて、くださいね!」

 カケルは、そそくさと歩き出したエリーゼを見て、カケルは「親切なお姉さんだなあ」と心の中で「ありがとう」の言葉を言いながら、すてすてとついていくことにした。


 受付のテーブルから建物の壁を伝ってぐるりと歩いていくと、そこにはいろいろなツルハシやシャベルなどの、洞窟をほるのに必要な採掘道具が並べられていた。

 床の上に適当に並べられているような物から、ショーケースの中に大切に保管されている物まで……本当にいろいろな種類のものが並べられている。


 エリーゼは店の前で立ち止まると、後ろについてきていたカケルに向かって説明を始めた。

「さあ、カケル君! この中から好きな物を選んでね。ケースに入っていない物なら、どれも無料でレンタルできますよ!」

「うわぁ、いっぱいありますね……」

 ずらりと並べられた採掘道具を眺めるカケルの瞳は、さっきまでの不安などどこかに消えてしまったようにキラキラと輝いている。

 ハンマーやタガネ、スコップなどの採掘に使う道具だけでなく、ロープや魔力で点灯する光源などの坑道の探索に必要な道具なども用意されている。

 そして、このなかでも最も種類が多く、選択が重要になるとされているのがツルハシだ。


 カケルたちの目の前には、ツルハシだけでも十種類以上がずらりと並べられている。

 そして、すべてのツルハシには、ハンドルの部分と金属でできた頭の部分をつなぐ場所に、水晶すいしょうのような宝石が埋め込まれている。

 この無色な宝石こそが、魔力まりょく能力のうりょくに変換する重要なパーツで、この能力を使うことで、採掘者は固い岩盤を掘り抜いたり、強力な魔物と戦ったりすることができるのだ。


 ツルハシの大きさは大小様々だいしょうさまざまで、埋め込まれている宝石の種類の色も、大きさも、一つ一つが違っている。

 カケルは、ずらりと並んだツルハシを見て、ワクワクと心を躍らせていたが、同時に、困ったような表情を浮かべていた。

「えっと……僕は、どれを選べば良いんだろう?」

 カケルが不安そうな声でつぶやくと、すぐにエリーゼが返事をした。

「そうね。……他の道具はとりあえず初心者向けの物を用意すれば良いのですけど……カケル君は、まだ髪の色が無色だから、宝石も、まずは色がついていないのを選んだ方がいいんじゃない? 例えばここら辺とか? ……あの、すいませーん、試し掘りってできますかー?」


 エリーゼが大きな声で叫ぶと、店の奥から疲れた顔の職人が顔を出した。

 職人は、自分を呼び出したエリーゼを見た後、何かに気づいたようにカケルへと視線を移す。

「おう? ……ああ、そっちののツルハシ選びか? そういうことなら、そこらへんの壁で適当に試してくれ!」

「ありがとうございます! さ、カケル君、まずはこのツルハシで試してみましょう!」

 この建物は、坑道の入口にくっつくようにできているので、山のある方の壁は、岩や土が剥き出しむきだしになっていた。


 こんな場所を掘っても、宝石や金属が出てくることはないのだが、硬さは洞窟の中と同じぐらいだった。

 試し掘りをするのにはそれで十分なので、初心者がツルハシを選ぶときにはよく標的に選ばれている。

 岩の壁には、引っ掻いて削った傷跡きずあとがいくつもあったが、これらはすべて、カケルと同じようにツルハシを試してみようと思った採掘者がつけたのだろう。


「ほら、カケル君。まずはこれから試してみて!」

 エリーゼがカケルに手渡したのは、いかにも子供用といった感じのデザインで、他のツルハシと比べて半分ぐらいの大きさしかない、おもちゃのようにも見えるようなチープなデザインのツルハシだった。

 とはいえ、子供用のサイズであるとはいえ、金属でできているので、しっかりと重さはあった。

 カケルがエリーゼから受け取ると、ずしりとした重さがカケルの片手にのしかかる。

「あの、でもこれ……小さすぎない?」

「まあまあ、まずは試してみましょう! それを軽々と振り回せるなら、もう少し重たいものにすればいいんですよ!」

「まあ、お姉さんがそう言うのなら……」

 カケルは、口ではつまらなそうに言いながら、心の中ではワクワクと心を躍らせていた。

 ツルハシを片手でぶんぶんと振り回して重さを確認すると、そのまま壁に向かって振り下ろす。

 そして、カケルのツルハシがぶつかった岩壁は、ツルハシの先端せんたんが触れるとズガンと激しい音を上げ、その衝撃でガラガラと崩れていった。

 砂煙すなけむりが落ち着いてからカケルたちが確認すると、そこには小さなツルハシで削ったとは思えないような、巨大な削り後ができていた。

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