3:少年の葛藤

 店を追い出されたカケルは、行く当てもなく街をさまよっていた。

 数歩進むごとに立ち止まり、姉が追いかけてこないかと思って後ろを振り向くが、何度後ろを見ても、誰も追いかけて来ることはなかった。


 カケルの父と母は、カケルが幼い頃に事故で亡くなっている。

 独りになってしまったカケルは、一度孤児院こじいんに預けられたが、その孤児院で出会ったルピに引き取られ、その後は今の、四人の姉に育てられることになった。

 カケルは、四人の姉が本当の家族ではないことに気づいていたが、それでも優しくしてくれる彼女たちのことを、とても信用していた。

 カケルにとって四人の姉は、同じギルドの仲間としてだけでなく、父親や母親の代わりのような大切な存在になっていた。


 カケルは四人の姉を心から信頼しており、だからこそこうして追い出された今も姉のことを恨むのではなく、逆に悪いのは自分ではないかと思い込んでしまっていた。

「(グズッ……)姉さん、なんで? 僕、何か悪いことをしたのかな……」

 ルピが走って追いついて「あれは冗談ですわ」と言ってくれるのではないかと思って、亀のようにゆっくりゆっくりと歩いていても、いつまでたっても何も起こらない。

 酒場を出てまっすぐ進み、ついに曲がり角までたどり着いてしまったが、それでも姉が追いかけてくることはなかった。

 この角を曲がったら、あの酒場も見えなくなってしまう。

 そうしたら、もう姉たちは自分を追いかけようと思ってもどちらに進んだのかもわからずに追いかけることができなくなってしまう……


 カケルは、大きな道が交差する場所にある公園のベンチにゆっくりと腰を下ろして、少しだけ冷静さを取り戻しながら先ほどのやりとりを思い返していた。

「ルピ姉さんは、『役に立たないから追い出す』って言っていた。……確かに、僕は今まで姉さんたちに迷惑をかけるばっかりで、お手伝いなんて何もしてなかったから……それに、いつまでも戦えない子供の僕がギルドにいたら、やっぱり姉さんたちには迷惑だったのかな……」

 この町に生まれた子供は、幼い頃から家族や友達と一緒に坑道に入ることが多かったのだが、カケルは今まで一度も坑道に入ったことがなかった。

 それは、「優秀な姉たちについて行くと邪魔をしてしまうのではないか」という不安と、「坑道は危険な場所だから、怖い」という別の不安の、二つの理由があったようだ。


 ルピ、サフィ、トピー、エミの四人は、なにかと理由を作ってカケルを坑道に誘おうとしたのだが、それでもカケルは「怖いから、嫌だ」と言って断り続けていた。

 四人の姉が協力してカケルをギルドから追い出したのも、いつまでも挑戦しようとしないカケルに、少しでも頑張ってもらおうと思ったからだったのだが……

 カケルはそんなことも知らず、公園のベンチに座って一人で後悔していた。

「やっぱり、僕がこんな性格だから……姉さんにとって、僕は邪魔だったのかな」

 うつむいていたカケルがふと顔を上げると、目の前には大きな建物があり、そこには多くの人が集まっていた。

 カケルが休んでいたのは、この町の中でも特に有名な鉱山の入り口がある公園だった。

 坑道の探索に興味がないカケルにとってここは、今までは普通の公園と同じだと思っていたのだが、よく周りを見てみると、そこには遊んでいる子供に交じって、採掘用の装備に身を固めた大人たちも休んでいるようだった。


 坑道につながるというこの建物は、ただ大きいだけでなく、他の建物と比べてかなり豪華に作られていた。

 そこには、採掘者の格好をした大人だけでなく、カケルよりも小さい子供も元気に出入りをしていた。

 人々は、みんな明るく楽しそうな表情を浮かべていてそれを見たカケルは「坑道探索って、怖いだけじゃないのかも」と少しずつ考えるようになっていった。


「試しに……中に入ってみようかな」

 カケルはそうつぶやいて、ゆっくりとベンチから腰を上げて立ち上がり、怖さで震える足を必死でコントロールして建物の入り口へと向かって歩き出し、人の流れに流されるように建物の中へと吸い込まれていった。

 初めて入った採掘場入り口の中は広く、中には採掘場へと通じる入り口だけでなく、採掘用の道具を売る店や、仕事を終えた採掘者をターゲットにした飲食店も並んでいる。


 採掘者は、狭くて息苦しい坑道でひたすらにツルハシを振っているのだと思い込んでいたカケルは、建物の中の元気にあふれた様子に驚いて、呆然ぼうぜんと立ち尽くすことになる。

 すると、そんなカケルを見て心配に思ったのか、眼鏡をかけた金髪の女性がゆっくりとカケルに近づいてきた。

「坊や、どうしたの? おこまりですか? お姉さんにお手伝いできることはありますか?」

 しわ一つない綺麗な制服を着た彼女はこの鉱山で働く職員で、カケルのような初心者の手伝いや、初めてここを訪れる採掘者たちの案内など、採掘者のサポート全般が仕事としていた。


 どうやら彼女は、白髪の幼い少年がツルハシも持たずに一人でうろうろとしているのを見て、声をかけずにはいられなかったようだ。

 声をかけられたカケルのほうは、自分が話しかけられたのではないと思って無視してしまったが、職員の女性が肩をたたきながら「聞こえてました? それとも、お手伝いは必要ないですか?」と再び話しかけられて、ようやく自分のことだと気がついた。

「えっと、あの、その……」

「ふふっ、はじめは誰でも緊張するからね。でも大丈夫。お姉さんがお手伝いするからね! さて、君は、採掘者になるために来たのかな? だったらまずは道具をそろえましょう! ……大丈夫だよ、ここには、君みたいな初心者に道具を無料で配っているお店もたくさんあるから! ほら、案内してあげるから、お姉さんについてきてね」

「あ……うん、わかりました」

 はじめは不安そうな顔をしていたカケルだが、職員のお姉さんの優しい笑顔を見て、安心して信じることにしたようだ。

 職員のお姉さんは、空いているテーブルを見つけると「どうぞ、座ってください」と言って椅子を後ろに引いた。

 カケルが椅子に座ると、お姉さんはその向かい側の椅子に座って、一枚の羊皮紙を取り出してテーブルの上に広げた。

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