5:少年の冒険

 想定外の結果に口を開いたまま言葉を失っているエリーゼ。そんな彼女をよそに、カケルは残念そうに呟いた。

「確かに、お姉さんのいうとおりだね。こんなに小さいツルハシなのに、僕には全然手加減ができてないや……」

 その言葉にさらなる驚きを重ねられたエリーゼは、一周回って冷静さを取り戻す。

「(カケル君にこれ以上の道具を与えたら、洞窟が崩壊しちゃう……なんてことはないと思うけど)そ、そうね。でもカケル君には、まずはこれぐらいのツルハシがちょうど良いかもしれませんね」

「そうだよね、僕にはこれぐらいで十分だよね……」

「そ、そうです! 早速このツルハシを買いましょう!」

「でもお姉さん。これ、壊れちゃったみたいなんだけど……大丈夫かな」

「壊れたってそんな……壊れてるううう!!?」

 エリーゼがカケルから受け取ったツルハシは、取っ手の部分に亀裂が入り、金属部分はわずかに歪んでしまっていた。

 長年新人採掘者の面倒を見てきた彼女にとってもさすがに想定外だったのか破損部分を見返しては「うそぉ」と驚きの声を何度も上げる。

 そして、そんな様子を気にしたのか。

 あるいは壁が崩れたときの轟音を聞い田野か、店の奥に引っ込んでいた職人が慌てた様子であらわれた。

「な、なんだあ? 一体何が起きやがった?」

 すっかり目が覚めた様子の職人は、ボロボロと崩れ去った店の壁と、同じくボロボロになっているツルハシを見て、何かを察したようにカケルに問いかける。

「ガキ……おまえ、名前は? 歳は?」

「僕はガキじゃないです! 名前はカケル。そろそろ10歳になるころです!」

「10歳にもなって白髪……なるほど、面白いな! その壁は、お前が崩したってことで間違いないか?」

「確かに、そうだけど?」

「そのツルハシも……そうだな?」

「……はい。ごめんなさい」

 怒られると思ってシュンとなっているカケルを無視して、エリーゼからツルハシを受け取った職人は、角度を変えて何度もそれを確認し、挙げ句「ガハハ!」と笑ってカケルの頭を乱暴になで回した。

「ちょっと待ってろ。俺が、おまえ専用に、いいものを見繕ってやる!」

「え? 僕なんかのために? 壊しちゃったのに、怒らないの?」

「何を言ってる、お前は普通にツルハシを使っただけなんだろ? だったら、壊れるような物を商品にした俺の方が悪い! だったらちゃんと、壊れないような物を作り直してやるのが筋って物だ。久々に、職人魂が燃えるぜ!」

「でも僕……お金もないよ?」

「なに、これは俺がやりたくてやるだけだ。金は要らねえ……なあ、職員さん。ツルハシ以外は市販品でも良さそうだから、そこら辺に並んでるのを見繕ってやってくれ。ツルハシ代は無料ただでいい!」

「……分かりました。ほらカケル君。お礼を言って?」

「ありがとう、おじさん!」

 職人は嬉しそうな顔で「任せとけ!」と一言残し、店の奥へと飛び込んでいった。


 残されたカケルとエリーゼは他の道具を一通り選び、そのままのんびり待つことにした。

 ちなみに、ツルハシの料金が浮いた分だけ、ちゃっかり他の装備も高級品を選んでいる。

 全身を採掘者の装備で固め、紛いなりにも採掘者らしい格好になったカケルは、鏡を見て決意を固めるように拳を握りしめていた。

 そして30分ほど待っていると、やがて店の奥から再び職人が顔を出した。

「待たせたな! ほらよ、これがおまえのツルハシだ!」

 投げるように手渡されたツルハシは、先ほどのツルハシよりも、はるかに軽い素材で出来ているようだった。

 先ほどの初心者用の物よりは大きいが、それでもあくまで子供用で、カケルの身長に合わせて選ばれた逸品なのだとわかる。

 先端に取り付けられている宝石はガラスのように無色透明であり、複雑に光を屈折させて虹色に輝いているようにも見える。大きさや不純物の少なさなどから見ても、最高級の物が使われていることは明らかだった。

「ありがとう、おじさん!」

「ですが、本当にこんな……大丈夫なのですか?」

 明らかに最高級とわかるツルハシのできを見てさすがに心配になったのか、エリーゼが不安そうな声で確認するが、職人はむしろ自慢げと言った顔で答える。

「安心しな! そいつには一級品の素材をつぎ込んだし、その宝石には自己修復の機能も組み込んである。カケル坊の怪力でも、絶対に大丈夫だ!」

「そういう意味じゃ、ないのですが……」

 エリーゼは、諦めたと言うよりは呆れたような顔をして、一枚の小切手を懐から取り出した。

 名前を書いて手渡すと、職人は額面も気にせずに懐にしまい込み、「また何かあったらうちに来いよ!」とだけ遺して店の奥へと戻っていった。

 最後にもう一度だけ、カケルが「ありがとう、ございましたー!」と頭を下げ、店の奥から扉を閉める音が聞こえたタイミングで仕切り直すように向き合った。


「では、カケル君。その装備で問題ないですね? それじゃあ、いよいよ坑道に行きましょうか!」

「う、うん! 分かった!」

 いよいよ坑道に向かうことになったカケルは気を引き締めなおし、案内してくれるエリーゼの後を追って行動の入口へと向かっていった。

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