6:少年の探検

 カケルとエリーゼの二人は、坑道入り口の手前にある広場で、出発前の最後の確認を行うことにした。

 エリーゼの持つチェックリストで一通りの装備を確認し、問題ないことを何度も確認をして、それでも心配そうにエリーゼはカケルに話しかける。

「さて、カケル君、いよいよ出発だけど……大丈夫? 忘れ物はない?」

「大丈夫だよ。お姉さんも一緒に手伝って、何度も確認してくれたから、ね!」

「あ、そうだ……カケル君。初めての坑道に一人で入るのは不安でしょ? せっかくだから、誰かとパーティーを組んでみるのは、どう?」

「パーティー……ですか?」

 カケルが問い返すと、エリーゼは職員としてのキリッとした表情に戻して補足する。

「そうよ。カケル君と一緒に坑道に潜ってくれる人を探すの。採掘者は、坑道を探索するときには信頼のできる仲間と協力するものなのよ。そうやって、いつも一緒に行動する人のことを、パーティーって呼ぶの。誰かカケル君の友達とか、家族とか……」

「僕には友達なんていないし、家族も……あ、だったら僕はお姉さんと一緒が良いです! エリーゼさん、僕と一緒に、パーティーを組みませんか?」

 その家族であったはずの四姉妹に追い出されたことを思い出して俯いたカケルは、期待を込めたまなざしでエリーゼを見つめた。

 だがエリーゼは、カケルとは対照的に、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。

「それは、その……気持ちは嬉しいのですけれど。私、今は駄目なのです。道具を持ってきていないし、それに私には仕事もあるから……」

「お姉さんは、僕よりも仕事のほうが大事なんだ。でも、しょうがないよね……だったら僕は一人でいい。お姉さんと一緒じゃないなら、僕は一人で挑戦します!」

「一人でなんて、そんなこと言わないで……あ、そうだ! ほら、あの人とかどう? 初心者の人にも優しいことで有名な人なのよ?」

 エリーゼは、我が儘を言う子供をあやすように口調を和らげながら、たまたま近くにいた知り合いの採掘者を紹介する。

 レベル1の坑道で、危険度は低いとはいえ、まだ幼さの残る子供を一人で旅立たせることには不安もあったのだろう。

 だがカケルにとっては、その態度が納得いかなかったらしい。

「やだ! もういい、僕は一人で行く!」

「どうして? 声をかけるのが怖いなら、お姉さんが手伝ってあげますよ?」

「そんなこと言って、エリーゼさんは僕のことを他人に押し付けようとしているんだ! どうせそうに決まってる!」

「そんなこと言わずに、ね? 一人で行くよりも、仲間がいた方が安全だし効率もいいし、それにきっと、楽しいよ。大丈夫、お姉さんに任せておいて……おーい、ディンさーん!」

 エリーゼが大きな声で名前を呼ぶと、それに気づいた一人の採掘者が「ん? ああ、エリーゼさんか」と呟きながら振り向いた。

 ディンと呼ばれた、くすんだ赤っぽい髪をした採掘者は、どうやら他の採掘者と情報交換をしていたようだが、話を切り上げながらカケルとエリーゼの元へ近づいてくる。

 人混みをかき分けながら、ゆっくりとディンが近づいてくるのを見て……カケルのなかに言いようのない不安のような感情が湧き上がる。

 そしてカケルが気がついたとき、彼は一言「お姉さんのことなんか、知らない!」とだけ言い残し、逃げるように坑道へと走り出していった。

「おまたせ、エリーゼさん。突然呼び出してどうした……なにか問題が起きたのか?」

 遅れて到着したディンがエリーゼに話しかけるが、当のエリーゼはぽかんとあっけにとられている。

「ディン……緊急事態です。私の不手際で……なんてことを……」

「え? 不手際? 緊急事態? ……いや、何のこと?」

 ディンからすると、突然呼び出されたかと思ったら、わけのわからないことを言われて困惑するような状態なのだが、どうやら冗談を言える雰囲気ではないということだけは、エリーゼの表情を見て察したらしい。

「……ディン、あなたに緊急クエストを依頼します。一人で坑道に入った白い髪の子を、守ってください。依頼料も出しますから……お願いします! 彼を一人きりにさせないでください!」

「白髪? それって、さっき走っていた子供のことか? ……どうやら、ただ事ではなさそうだな。わかった、俺に任せとけ!」

 そう言って、ディンは詳しい話を聞くこともせず、坑道の奥に消えていったカケルの後を追って同じく坑道へと潜っていった。


「はあ……はあ……」

 がむしゃらに走って坑道に飛び込んだカケルは、人の数がまばらになってきた坑道の通路で息を切らせながら、壁にもたれかかって休んでいた。

 ここは、坑道の入り口からほど近く、魔物や魔獣もほとんど確認されないような、いわゆる安全エリアと言われるような地帯なのだが、それでも坑道の中であることに変わりはない以上、何が起きても不思議ではない。

 時折通りがかる採掘者達は、カケルに対して冷たい視線を送るばかりで、気を遣って声を掛けようとする者は一人もいなかった。

「はあぁぁ……ふう」

 しばらく休んで息を整えたカケルは、大きく息を吐き出して気合いを入れ直し、改めて周囲の様子を確認する。

 カケルはここまで何も考えずに走ってきたが、この坑道は初心者向けということもあり、分岐も全くない一直線の道のりだ。

 さらに、至る所に親切な案内板が設置されている。これを見れば、道に迷うことのほうが難しいような状況だ。

「洞窟の中なのに、明るいのは……魔石のランプがたくさんあるから、なのかな」

 カケルがあたりを確認すると、洞窟内には一定の間隔でランプが設置されていた。

 魔石で作られたランプは、周囲の魔力を明かりに変換する仕組みで、地上では定期的に魔道士や採掘者が魔力を供給する必要があるのだが、坑道の中などの魔力に満ちた場所であれば半永久的に光りを放ち続けるのだ。

 難易度の高い坑道では魔力が安定しないのでこうはいかないが、少なくともカケルが飛び込んだレベル1の坑道ではその心配はしなくても良い。


 カケルは、危険らしい危険もないような広い坑道を、ゆっくりと奥へと進んでいった。

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