7:初めての坑道
坑道の中を進んでいくと、カケルの前にいくつかの細い枝道が現れた。今まで歩いてきた太い幹道と違い、まだ整備が行き届いておらず、魔石ランプの数も少ないのか、若干薄暗くなっている。
この枝道の先端では、今も多くの採掘者が掘り進め、枝葉を伸ばし続けている。
カケルは、数ある分かれ道の中から適当に一つを選び、勇気を出して潜っていくことにした。
手に入れたばかりのツルハシをぎゅっと握りしめ、慎重に一歩ずつ、何があっても大丈夫なように気をつけながら、ゆっくりとゆっくりと足場の悪い細い通路を進んでいく……
そうして10分ほど一本道を進んでいくと、通路の先から光が差し込んでくる。
細い通路はそこで途切れていて、その先には広い空間があらわれた。カケルがゆっくりと近づいていくと、何やら音が聞こえてくる。
ザザッ
ドガッ
ザンッ
学校の教室よりも少し広いぐらいの空間をのぞき込むと、そこにはすでに先客がいたようだ。
ツルハシをぶんぶぶんと勢いよく振り回している。どうやら彼らも採掘者で、小さなネズミのような生き物を捕らえようとしているようだ。
「でやーっ!」
「そっち、いったぞ! 逃がすな!」
戦士風の、巨大なツルハシを持つ金髪の男がツルハシを振り下ろしながら攻撃を仕掛けると、小柄なネズミはそれをひょいとかわして飛び上がる。
その隙を逃さないように、赤髪の青年が「任せろっ!」と叫びながらネズミの方へと回り込む……が、ネズミはさらにそれすらも避けて坑道の奥へと逃げようとした。
気のせいか勝ち誇ったような表情を浮かべて、ネズミは悠々と走り去ろうとするのだが、しかしネズミはそこで油断をするべきではなかった。そんなすばしっこいネズミに追いつける採掘者が一人だけいたのだ。
緑髪の、小柄なツルハシを握る女性で、彼女はツルハシの宝石から生み出される薄緑色の風を身にまとっていて、人間離れした速度でネズミに追いついた。
「……えいっ!」
かわいらしい声とともに振り下ろされたツルハシは、ネズミの体を正確に貫いた。
女性採掘者がツルハシを引き抜くと、ネズミの身体はボロボロと崩れて灰になり、ツルハシから出る風の魔術で灰を吹き飛ばすと、そこには淡く輝く小さな宝石が転がっていた。
この石は、魔物を倒すと採取できる宝石で、魔力をエネルギーに変換する性質を持っているため、採掘者からは魔石と呼ばれていた。
この坑道に無数に設置されたランプに使われているのもこうして採掘者によって回収された魔石で、それ以外にも日用品やツルハシの材料など、様々な用途に使われている、この時代の生活必需品ともいえるような物になっていた。
ネズミのような小さな魔物から採取できる魔石は、小石のように小さいのだが、これでも一つ売却するだけで少し豪華な夕食を数回食べられるぐらいの金額にはなる。
「うわ〜、すごい!」
カケルは、初めて見る魔物狩りの光景に、ドキドキと高鳴る胸を押さえ、目をキラキラと輝かせながらその場にじっと立ち尽くしていた。
三人組のパーティーはそんなカケルを横目に見て、軽く会釈をしながらすれ違う。
そのまま彼らは軽く雑談をしながらカケルの歩いてきた道を通り、坑道の出口へと向かって歩いて行った。どうやら、この三人は坑道の奥での用事を済ませて地上へと戻る途中で、たまたまネズミの魔物を見つけたから討伐した……といったことだったらしい。
「よしっ! 僕も頑張ろう!」
三人の姿が見えなくなるまで後ろ姿を見送って、カケルは気合いを入れ直して坑道の奥へと向き直る。
ベテラン達の戦いを見て緊張がほぐれたのか、カケルは冷静さを取り戻して改めてあたりの様子を確認し始めた。
「よく見たら壁の色は……薄いけど、これはトピ姉さんの髪と同じ黄色かな。ということは、ここは土属性の石が取れる場所なのかも。さっきの魔物から出た魔石もそうだったのかな……」
広い空間の先には、いくつかの細道に更に枝分かれをしているようだった。
カケルの入ってきた、出口に通じる道には、すでにいくつもの目印がつけられており、帰り道に迷う心配はなさそうである。
カケルは、細道の中から適当に、直感的に一つを選んで更に進んでいくことにした。
うきうきと楽しい気分になりながら歩いて行くと、30秒ほどでその細道の先端にたどり突き当たった。
「ようし、僕も採掘者なんだ! 掘るぞ、掘るぞお!」
カケルの目の前の壁には、何人もの採掘者が壁を削ろうとしてツルハシをぶつけたような小さな傷が残っている。これは、カケルの前に来た採掘者が作った傷跡だった。何度も何度もツルハシを打ち付けて壁を削り、少しずつ少しずつ前へと進んでいったのだろう。
カケルは、背負うように取り付けていたツルハシを取り外し、その重さにふらりと揺れながら、ツルハシを正面に構えた後に振り上げて一度肩に担ぐ。
そして「ふぅー」と、気合いを入れるように息を吐き出して、「えいっ」と声を上げながらツルハシを勢いよく振り下ろした。
ツルハシに取り付けられた透明な宝石がキラリと白く輝いて、カケルのツルハシの先端が、固い壁へと突き刺さる。
カケルのツルハシが突き刺さった壁は、壁面に大きなひびが入った直後、ガラガラと音を立てながら崩れていった。
「えっと……確か、この中から光る石を探して、残りはこっちの袋に入れるんだよね」
カケルが装備している採掘者の基本装備には、魔鉱石を収納するための小さな箱と、大量に出た土を持ち帰るための袋が用意されていた。箱の方は頑丈なだけのただの箱だが、袋には容量を拡大する魔術が埋め込まれており、レジ袋ほどの小さな見た目の割に、1000リットル以上の土を詰め込めるほどの容積があった。
……ちなみに、金属や魔石は高い価格で売却できるのだが、坑道で採取されたものであれば、ただの土でも買い取ってもらうことができることになっている。
これは、一見ただの土に見えても、専用の機械を使わないと見つけることもできないような小さな魔石が含まれているからとも言われているが、実際には土を持ち帰らせることで坑道内を綺麗に保つという目的もあるらしい。
カケルは、削り出した土の山を両手で少しずつ崩していき、土袋の方へと移していく。
「やっぱり、簡単には見つからないのかな……」
両手を泥まみれにしながら丁寧に探し続けるが、それらしきものはなかなか見つからない。
10分ほど作業を続け、土山の7割ほどを調べ終えたとき、カケルの指先に硬い感触が触れた。
「あ、あった! これだ! 見つけた、やったー!」
手で揉むようにして土塊を崩していき、出てきた小さな石を指でこするように磨き上げると、徐々に姿が見えてきた。
それはビー玉ほどの大きさで、淡く黄色に輝いている。レベル1のダンジョンで採取されることは珍しい、比較的品質の高い魔鉱石だった。
「これを持って帰れば……そうすればエリーゼお姉さんも、僕のことを見直してくれるかな」
カケルは、鉱石箱の蓋を開け、見つけたばかりの魔鉱石を大切にしまい込んで蓋を閉めてロックをかける。
目当てのものが見つかったので、残りの土はざっと確認して一気に袋に詰め込んだ。
「ふふふん! ふふふん! やった、やった!」
十分な戦利品を得て上機嫌になったカケルが帰り道を歩いていくと、だんだん人の数も増えてくる。やがて彼の視界には、入ってきたときの坑道の出入り口が見えてきた。
カケルはそのまま、坑道の入り口付近に密集している、土や鉱石を買い取りしている店に並ぶことにした。
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