8:少年の災難

 カケルは「土塊 高価 買い取ります」と書かれた看板を見つけ出し、その店から続く行列の最後尾に並んだ。

「うわあ、すっごい人だ……」

 カケルがあたりを見渡すと、街中では見られないような異様な活気に満ちていた。

 そこにはカケルと同じように土や鉱石を売りに来た採掘者や、仕入れられたばかりの鉱石を目当てにやってくる職人たち。

 さらには彼らを顧客として見据えた食べ物やの屋台。そしてその屋台を目的として集まった地元民や観光客などでごった返している。

 キョロキョロと視線を泳がせながら少しずつ列が前に進むのを待っていると、やがてカケルの順番がやってくる。質素なテントのような敷地の中には、愛想の良さそうな顔をした肥満気味な男が立っていた。

「いらっしゃい、どうしたのかな?」

「あの、おじさん! 僕、土を売りたいです!」

 カケルが声をかけると、その商人は目を細めて軽くため息をついた。いかにも幼く、白髪で弱そうな少年が来たのを見て、客ではなく冷やかしかと感じたようだ。

 だが彼は、それで怒って周りの客を不快にさせることの方が悪いと判断し、カケルに対して子供をあやすように腰を落として目線を下げた。

「……坊や、いいかい? ここは土を買い取る場所だよ。そこらで拾ってきた土は買い取れないんだけど、わかっているかい?」

「そんなことは知ってます。ほら、これは僕がさっき掘ってきたばかりの土です! 買い取ってください!」

「はあ、しょうがないなあ。じゃあ確認するから、ちょっと待っていてね……」

 商人は、カケルがちゃんとした土袋を差し出してきたのを見て、念のために確認だけはしておこう。あるいは嘘だった場合でも、適当にあしらって追い返せば良いと思って中身の確認を始めた。

 しかし、確認用の受け箱に土を移し始めた瞬間、考えを改めさせられることになる。

「これは、確かに坑道の……それにこの量は……すごいな」

 この商人は、カケルが持ち込んだのが正真正銘本物の、坑道で採取されたばかりの土であることを見抜いたようだ。

 そして、これだけの量の土塊を一度に持ち込んだ少年に対して、今度は疑うような視線を向ける。

「坊や、これは一体どこで拾ったんだい? それとも誰かから盗んだのか? 正直に言ってごらん。大丈夫、本当のことを言えば悪いようにはしないから……」

「おじさん! これは、僕が一人で坑道で掘った土だよ!」

「そんなわけ、ないだろう。ああ、お父さんかお母さんに言われてきたのかな?」

「そんなんじゃない! ねえ……どうして信じてくれないの?」

 カケルの質問に対し、商人は困ったような顔を浮かべていく。

「どうしてって……坊やみたいな子供が、こんな大量の土を掘った? そりゃ、信じろって方が難しいだろう……良いから、本当のことに言いなさい!」

 商人は、いつまでたっても態度を改めないカケルに対し、徐々に徐々に怒りを募らせていく。

 そんな様子に、無関係だった周りの人達も「何事か」と言いながら、徐々に野次馬が集まってきた。

 初めは余裕で対応していた商人も、ざわつく周りの様子に少しずつ冷静さを失っていく。

「ほら、早く正直になりなさい。じゃないと、今は良くても将来困ることになるよ?」

「だから僕は、嘘なんて言っていない! どうして信じてくれないの……もういい。おじさんには土を売ってあげない。それ、返して!」

「駄目だ! まずは正直に話しなさい!」

 あくまでも態度を変えない商人に対して、カケルは「もういいっ! もう、知らない!」と叫んで土袋だけでも取り返そうとするが、商人の方は「そうはさせない!」と、土袋を強く握って離そうとしない。

 そしてそれだけでなく、急に態度を変えたカケルを怪しいと思ったのか、周りに集まった人垣に向かって、大きな声で呼びかけ始めた。

「みんな、聞いてくれ! この子は土泥棒だ! 逃がさないように協力してくれ!」

 大の大人と白髪の幼い子供が袋を奪い合っている様子を見て、周りの人たちは半信半疑どころか、むしろ商人に対して厳しい視線を向けていた。

 だがそんなことには当人達にはわからない。

 カケルが慌てて周りを見ると、いつの間にか自分たちを囲うように人が集まっているのに気がつかされる。

「ぼ、僕は何も悪いことはしてない! ただ土を……土を、ここに売りに来ただけなんだ! それなのにこのおじさんが、僕のことを……」

 震える声で弁明を唱えても、だれも「そうだ」とも「お前は悪くない」とも言ってくれない。

 それどころかみんな、カケルたちに向けて冷たい視線を送っている。

「おいおいみんな、待ってくれ。みんな、聞いてくれよ! 冷静になって考えてくれ、こんな子供が一人で、これだけ大量の土を回収できると思うのか? どう考えても……拾ってきたか、そうでなければ奪ってきたと、そう考えるのが普通だろ?」

 今にも震えだしそうな弱々しいカケルの声と違い、商人の声は虚栄に満ちた、だが人込みの中でも通る声だった。その声質の差はカケルにも理解でき、そのことがさらにカケルの心を追い詰めていく。

 すると、その人混みをかき分けるようにして、中から一人の男が飛び込んできた。

 目の前の商人と、じりじりと近づいてくる男に挟み込まれたカケルは、起死回生の手を探して周囲を見渡して……

 人混みの合間からカケルのことをじっと見つめていた小さな子供と、ふと目が合った。

 フードで顔を隠しているが、身長や体格からはまだ10歳とか、そのあたりの年齢に見える。

 彼はカケルに向かって何かを叫びながら手招きをしている。周りが騒がしくて声は聞こえないが、口の動きからは「こっち、こっちだ!」と叫んでいるようにも見える。

 ゆっくりと近づいてくる男の姿はいつの間にか、カケルに手が届きそうな距離まで近づいていて、カケルと商人の間に割り込むように手を伸ばす。

「ちょっと待った! そこの商人、その子供は……」

 男が近づいてきた瞬間、カケルは身をかがめて人混みの隙間を縫って、手招きしていた少年の元へと走り抜けていた。


「何だあんた……っておまえ、中級採掘者のディンじゃねえか? ってことはこれは、あんたの所有物だったのか?」

 商人は、見失ったカケルのことは無視して、近づいてきた男に対して土袋を持ち上げて聞くが、ディンは首を横に振りながら答えた。

「ああ、俺はディンだ。そんでそれは俺のとかじゃなくて、正真正銘この子の物だ。俺はとある人に頼まれてこの子のことを見守っていたんだ。信じられないかもしれないが、確かにこの子は一人で坑道の中に入ったし、その土も全部この子が一人で掘り出したものだ。直接見ていたこの俺が保証する」

「そうなのか? あんな子供が……か? 本当なのか?」

「ああ本当だ。俺が嘘をつく理由なんてないだろう? 認められない気持ちもわかるから、もっと早く割り込めていたら良かったんだが……」

「でも、だとしたらあの子には悪いことをしちまったなあ……」

 商人が反省しているのを見てディンは安心して、ふと視線を下げてあることに気づく。

「っと、そうだ。……おい、あの子はどこに行った?」

「あの子なら、あっちの方に走っていったぜ。追いかけようにもあの人混みだったからなあ……」

 集まっていた人達も「なんだ、店主の勘違いだったのか」と言って徐々に解散していったが、すでにその場にカケルの姿は見つからなかった。

「やべえ、見失った! エリーゼさんに怒られる……」

 普段通りの喧噪を取り戻した大通りに、ディンの言葉が虚しく溶けていった。

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