9:黒髪の少年

 人混みを抜けたカケルは、先を走る小さな影を追って細く枝分かれする道を通り抜けていく。

 そうしてたどり着いたのは薄暗く、なにもない小さな空き地だった。

 この街には主要な鉱山がいくつもある関係上、表は多くの採掘者で明るく賑わっているのだが、光が強いほどに影もまた色が濃くなるのもまた道理。この空き地はまさに、この街の闇とも言えるような場所だった。

 かつては多くの人が暮らしていたのであろう、高く伸びた高層住宅には人の気配もなく荒れ果てている。外壁の塗装は所々が剥げ落ちていて、中には崩れかかっているような建物も。窓ガラスは割れているか取り払われているかのどちらかで、ツルハシで壁を削って描かれた落書きアートが、不気味な雰囲気を際立たせていた。

 高い建物に遮られて日の光も届かないのか、よく晴れた日中だというのにジメジメとして薄暗く、今にも何かが出てきそうな雰囲気に、カケルは思わず息を呑む。


 空き地の真ん中で少年は立ち止まり、カケルの方に振り返りながら顔を隠していたフードを外した。

 フードの下にあったのは、カケルと同い年ほどの少年の笑顔だった。

 背の高さはかけるより少し高いぐらい。肌は褐色に焼けていて、何よりも特徴的なのはその黒い瞳と黒い髪だった。

「黒い……」

「ああ、これのことな。珍しいだろ?」

「うん。初めて見た。そんな黒い髪の人。……綺麗だね」

 カケルの素直な一言に思わず少年は赤面する。

「……う、うるさい。それよりもさっきの、見てたぜ……災難だったな。あのおっさんは頭が固いからな。それにあいつはすぐに俺達の足元を見て、安く買って高く売ろうとする。むしろ、縁を切れたからラッキーぐらいに考えた方が良いかもしれないぜ!」

「だよね……でも僕も何か悪かったのかも……」

「そんなことねえよ、気にすんな! ところでおまえ、結局あの土はどこで手に入れたんだ? 盗んだのか? それとも拾ったのか?」

「『おまえ』って言うな! 僕にはカケルって名前があるんだ! それにあの土は、僕が掘った土だ! 盗んだりも拾ったりもしていない!」

「そうかカケルか。いや、悪かった……半分は冗談のつもりだったんだが、嘘をついている感じじゃなさそうだな」

「半分って……じゃあもう半分は、やっぱり疑っていたってことじゃないか、きみ!」

「『きみ』じゃなくて、俺はピケルな。それに俺は、ベテランでも坑道の壁を掘るのには苦労するって話を聞いたことがある。あんな大量の土を持ち運んで、『一人で掘りました』って言われても、そりゃ疑いたくもなるだろ」

「へえ、そうなんだ……ピケル君は、すごいね。物知りなんだね!」

「カケル! お前さっきから……! 髪のこともそうだが、褒めても何もやらないからな?」


 カケルは、更に顔を赤く染めるピケルの様子を見て「そういえば」と何かに気づいたような顔でピケルの顔をまじまじと観察した。

「……なんだよ、俺の顔に何か付いているのか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……改めて、やっぱりピケル君の髪って変だよね。綺麗なことは間違いないんだけどさ」

「変な髪って話だと、カケル。お前の白髪それも、相当だからな? その年でまだ色が無いって……っていうか、同い年ぐらいだよな? 俺は今年で10歳になるんだが」

「うん! 僕もおんなじ、10歳だよ! あ、そういえば僕、歳が近い友達って、ピケル君が初めてだ!」

「友達? まあ、そういうことにしておくか。にしても、この歳になって初めての友達って、それはそれでどうなんだよ……」

 そう呟きながら、ピケルは右手を前に差し出した。カケルはそれをガシッと握りしめる。

 薄暗い小さな空き地で、白髪の少年と黒髪の少年が手を結び合った。

 建物の隙間から差し込んだ細長い夕日の光が差し込む。

 二人のいる場所だけを明るく照らす。

 それはまるで、世界が二人の出会いを祝福して、スポットライトを当てているようだった。

「よろしくな、カケル!」

「うん! こちらこそよろしくだよ、ピケル君!」


 空き地に斜陽が差し込んだ一分にも満たない短い間、二人はしっかりと手を握り合った。

 その後すぐに、息を吹きかけたかのように光が消えてから、どちらともなく手を放す。

 街が徐々に暗闇に包まれていき、細道の街灯がポツポツと輝き始めるようすを眺めながら、ピケルは改めてカケルに話しかけた。

「それでカケル、どうするんだ? 盗られたものを、取り戻すんだろう? さっきの店にまた行くのか?」

「うん……だけど……」

「なあ、カケル。仮にお前があの土を坑道で掘ったんだとしたら、その中に鉱石が一つか二つはあったんじゃないのか?」

「あったよ。でも、お店に持っていってもまた……」

「そうだな。しかもああいう店は結局、俺達みたいな子供ガキが行ってもあしらわれるか、安く買いたたかれるのが落ちだからな……なあ、その鉱石ってのを、俺に見せてくれないか?」

「うん。これだよ」

 ピケルはカケルが鉱石箱から取り出した黄色の魔石を手に取ると、、ポケットから取り出した小型のライトの光を当てて、鑑定士のような鋭い目つきで調べ始めた。

 ピケルが使っているのは、鑑定用の道具の一つで、込める魔力によって様々な波長の光りを放出することができる。魔石の種類や質の高さを調べるためのできるツールだが、最近は鑑定自体がほとんど自動化されていることもあり、今では使いこなせる人の数が徐々に減りつつあるらしい。

「ねえピケル君、どう? なにか分かった?」

「そうだな……とりあえずざっと調べた感じだと、やっぱりこれは『黄色系』の魔石だな。純度は高いから、普通だったら結構な高値で取引されるんだが、表に出しても無理だろうな」

「だよね……やっぱり、大人に手伝ってもらわないと、駄目なのかな」

 カケルは、エリーゼが無理矢理にでもチームを組ませようとしていたのを思いだし「エリーゼさんは、こうなることが分かっていたから……」と、納得したようにつぶやきながら後悔していた。

 だが、そんなカケルの心配そうな顔とは裏腹に、ピケルはニヤニヤと笑みを浮かべていた。

「ハッハッハ! カケル、心配無用だよ! 大丈夫だ、俺に任せとけ!」

「でもピケル君、僕たちじゃあ、信じてはもらえないんだよ?」

「そりゃ、表じゃそうだ。あいつらは頭が硬いから。だけどカケル、知ってるか? コインには表があれば、裏もあるんだぜ。案内してやるよ。こっちだ、ついてきな!」

 そう言うとピケルは、さらに薄暗い雰囲気の漂う裏道の奥へと足を踏み入れていった。

 すでに日は沈み、ただでさえ薄暗かった路地は、ピケルの髪と同じ真っ黒に染まっていた。

 今まで表の世界でぬくぬくと育ってきたカケルにとってそこは、坑道以上の『未知』そのものだった。

「どうした、カケル? ついてこいよ、見失うぞー!」

 薄暗くて姿はぼんやりとしか見えないが、確かにそこにはピケル友達の姿が見える。

「ちょっと……まって! 今、行くから!」

 臆病なカケルは一瞬だけ躊躇して、勇気を振り絞ってピケルの後を追いかけていった。

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