20:中層の入り口

 坑道を進むカケル達の前には、その後も何度か巨大ネズミの魔物が現れたが、次からは苦戦することもなくなっていた。

 ピケルが囮となってネズミを釣り出して、待ち構えていたカケルが確実に一撃で倒す。


 二人が苦もなく順調に進んでいくと、ガヤガヤと、人が集まって騒いでいるような声が聞こえてきた。

 声は二人の進行方向から聞こえてくる。そして、更に進むと曲がり角があり、その先には広大な空間が広がっていた。

 一瞬、外に出てしまったのかと思った二人だが、壁から天井まで岩でできていることに気がついて、ここが人の手で掘って作られた坑道の内部であることに気づかされた。

「ピケル君、ここは……?」

「多分、坑内都市・フォレスだと思う。だとすると、ちょうど浅層と中層の境界に到着したってことになる」

「フォレスって、坑道の中にある街だったんだ……」

 洞窟を抜けると、その先には『ようこそフォレスへ』という看板が設置されており、洞窟の出口を囲うように門が設置されている。

 カケルとピケルが近づくと、門番は会釈をしながら道を空けるので、二人も頭を下げながら通り抜けた。

「話に聞いていたよりも活気があるな……ところでカケル。ここでは土や鉱石、魔石の買取をしている店もあるらしいんだが、どうする? ついでに観光でもしていくか?」

「うーん……それも良いけど……」

 カケルは、ピケルの提案に対して悩むそぶりをする。

「ピケル君、とりあえず、先に中層を目指さない? まだなにも採掘していないから、ネズミの魔石ぐらいしか持ってないし」

「確かにそうだな。それじゃあ中層は……このまま進めば中層に行けるはずだぜ」

 ピケルが辺りを見渡すと、街全体の地図が書かれた案内板が見つかった。

 案内板によるとこの街には商業区だけでなく住宅区や農業区すらもある大きな都市なのだが、中層までの道は、浅層の出口から一直線に進めばたどり着けるようになっている。

 道中には、買取屋の他に飲食店や、道具屋などもならんでおり、途中何度か寄り道しそうになりながらも二人は中層の入り口がある場所にたどり着いた。

「ピケル君、ここ……だよね」

「ああ。でっかく『中層入り口』って書かれた看板があるからな。よし、行くか!」

「うん、いざ中層へ!」

 中層入り口と書かれた看板の下にたどり着くと、そこには浅層とフォレスの街をつなぐ道にあったものよりも厳重なバリケードが築かれており、その前には大勢の採掘者が集まって、長い行列ができていた。

 どうやら、フォレスの街に入るときとは対照的に、中層に向かう者にはしっかりとした審査が行われているようだ。

 一度の審査に五分以上かかるようで、サクサク進むというわけにはいかなかったが、団体で中層に向かう者も多いのか、一度の審査で一気に前に進めることもあるようだった。

 カケルとピケルが最後尾にならんで、しばらく待つと、いよいよ二人の順番が回ってくる。


 複数ある受付のうちの一つに案内されたピケルとカケルは、鋭い目つきをした担当者に声を掛けられた。

「ん? 子供か? ……ここは、中層の受付だ。間違えて並んだわけじゃないよな?」

「はい! こんにちは、僕はカケル。この子はピケル君! 僕たちは二人で、これから中層に行きたいと思っています!」

 カケルの元気な挨拶を聞いた細目の担当者は、渋い顔をして二人のことを改めて観察した。

 白い髪。持っているツルハシはオーダーメイドの高級品のようだが、嵌められている宝石は無色透明の物。そして他の装備は全て、一般的な初心者装備で固めている……結論、初心者採掘者。

 黒い髪。装備は高級ブランドの物ではあるが、すべて初心者用として販売されている物。そしてツルハシを装備すらしていない……結論、初心者採掘者。

 二人の様子を頭から装備まで確認した彼は、「はあ〜」と深い息をつき、優しい口調で二人に話しかけた。

「悪いんだけど坊や達……中層というのはとても危険な場所で、君たちみたいな子供を二人だけで向かわせることは、許可できないんだ……」

「そんな! どうして? 子供だから駄目なの? 子供だと駄目っていうルールでもあるの?」

 許可できないと言われたカケルが、「なぜ?」と聞くと、担当者は困ったような顔をする。

「確かに、子供だから駄目っていうルールがあるわけじゃない。だけど、君たち二人だけだと、中層は危なすぎるんだ……実力が足りないからね。大きくなって、強くなったらまたおいで」

「おいおっさん! 俺達が弱いって、誰が決めたんだ? 人を見た目で判断するのはよくないぜ!」

 大人の言い分に黙ってしまうカケルを見て、代わりにピケルが声を上げた。

 それに対して担当者は、慣れた様子で引き出しを開けながら答える。

「そうだね。それじゃあ君たちに試験をしよう。この魔物を倒せたら、君たちが中層に行くのを許可するよ。無理だったら、諦めて帰ってね」

 担当者が取り出したのは、小指ほどの大きさの、スライムのような魔物だった。

 つまみ上げられたスライムは担当者に小粒な魔石を与えられると少しずつ元気を取り戻し、あっという間に三十センチほどに膨らんだ。

「えっと……これを僕が倒せれば、中層に潜ることを許してくれるの?」

「ああ、もちろんさ。この魔物は中層ではよく見かける魔物だよ。これを倒せば、中層に行く資格ありと認めよう! どうする? 挑戦してみるかい?」

「もちろん! ピケル君は見ててね! 僕がこの人の鼻を明かしてみせるから!」

 担当者はスライムをテーブルから地面に移す。

 弱っているからなのかピクリとも動かないスライムに対して、カケルは意気揚々とツルハシを持ち上げて……勢いよく振り下ろす。

 ツルハシに取り付けられた宝石が淡く白い光を放ち、振り下ろされたツルハシはスライムを貫通し、そのまま地面に小規模なクレーターができる。

 しかし当のスライムはそんな様子は気にもとめず、たった今カケルが掘り起こした地面を平和そうに体内に取り込んで咀嚼する。

「そんな、攻撃に失敗したの? 確かに当たったはずなのに……も、もう一回!」

「ちょちょ、ちょっと待ってくれ。これ以上は駄目だ、地形がめちゃくちゃになる! 今ので君では倒せないことは分かっただろ? 諦めて、帰ってくれ!」

 担当者は、カケルが坑道の固い地面を貫いたことに驚きながら、これ以上されたら大問題だと言わんばかりに小さいナイフでスライムをつついて殺した。

 パシャリと音がして完全な液体になったスライムから魔石を取り出して、担当者はそれを机の上に戻した。

「もう少しやれば倒せたかもしれないじゃん! この、意地悪! もう一回やらせてよ!」

「そう言われても……」

 担当者が困った顔をしていると、見かねたピケルがカケルの肩を叩いて止めた。

「カケル、もうそれぐらいにしておいて、一度撤退しようぜ?」

「でも、ピケル君は悔しくないの?」

「悔しいといえば悔しいが……だが、さっきの見てただろ? あいつがあんな小さなナイフで簡単に倒せる魔物を、さっきカケルは全力で攻撃しても倒せなかったんだ。何かカラクリがあるんだ」

「黒い方の少年が言うとおりです。これは私が意地悪をしているわけではありません。最低一人はこのスライムを倒せる者がいないと、中層では話にならないのです。仲間を集めるか、スライムを倒せるぐらいに強くなって出直してください! はい、次の人!」

 カケルとピケルはシッシとその場を追い払われて、担当者はすでに次の採掘者の相手をしていた。

「ピケル君……でも、どうするの? 仲間捜しをするの?」

「カケルがそれでも良いのなら。だがそれよりも……」

「それよりも?」

 首をかしげて見つめるカケルに対して、ピケルは不敵な笑みを浮かべて言った。

「まずは、修行だ! この街で、あのスライムを倒せるやつを探して、そいつから情報を集めるんだ!」

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