18:少年のふるさと

 一般的に、レベル1坑道の中層はレベル2坑道の浅層、深層はレベル3坑道の浅層と同じぐらいの危険度とされている。

 そしてレベル3坑道浅層は中級以上の採掘者が五人でチームを組んで潜ることが推奨されていた。

 カケルとピケルが目指した最深層はそれ以上の難易度で、今までに数えきれないほどのけが人や、最悪の場合死人さえも出るほどの場所だったが、二人はそのことをまだ知らないようだった。


 二人が今後の話に花を咲かせていると、カウンターのほうからチーンという音が聞こえ、査定を行っていた受付から「どうぞ」と、空になった土袋とその報酬である数枚の銅貨がテーブルの上に返された。

 ピケルが細かい銅貨をすべて摘まみ上げ、その枚数と機械に表示されている金額とを見比べて、騙されたりしていないことを確認した。

「カケル……よし、問題なさそうだ。行こうぜ」

「うん、ピケル君。おじさんも、ありがとうございました!」

「いいから早く帰りなさい。坊やたちの次にも順番がありますからね」

 カケルとピケルは自分たちの後ろに続く行列を見て、申し訳なさそうにその場を離れることにした。

「カケル、それでこの後、どうする? ああ『これからもう一度坑道に』ってのはさすがに無しな。それは明日にするとして……」

「それなんだけど、ピケル君……ひとつ相談があるんだけど」

 カケルは、採掘者協会の出口へ向かって歩くピケルに向かって、立ち止まって声をかけた。

 ピケルは振り返り、カケルのことをじっと見つめた。

「なんだ、相談って」

「えっと……ピケル君。実は僕、帰る家がないんだよね。だからその……僕の宿探しを手伝ってくれると、うれしいんだけど……」

「なんだよ、そんなことか……いや」

 ピケルは、すがるような視線を向けるカケルに、首を横に振りながら答えた。

「いや、宿を借りるとか、そんな面倒はやめようぜ。そういうことなら俺の家に来いよ! 狭いけど、俺たち二人ぐらいなら大丈夫なはずだ!」

 ピケルはそう言って、カケルの手を引いて建物を出て、街灯の明かりに照らされた街の中を駆け出した。

 大通りを走り、少しずつ人通りの少ない細い道へと移っていき……

 しばらく走ってたどり着いたのは、子供向けの遊具などもある小さな公園だった。

 ピケルは公園を奥へと進み、柵の隙間を抜けて森の中へと入っていく。

 カケルが恐る恐るついていくと、そこには表からは見えないように隠されていた、無数のテントが乱立していた。


 ◇


 一人で寝るには少し広いベッドの上で、どこかから差し込む朝日を浴びて、カケルは目を覚ました。

 いつもとは違うゴワゴワとした固い布の感触。森の中にいるような樹と土の香り。こすりながら目を開くと、屋根ではなく天幕のような布が張られている。

「そっか。昨日はあの後、ピケル君の家に泊めてもらったんだっけ……」

 あたりを見渡してもピケルの姿は見当たらず、開いたままになっているドアの向こうからは、誰かが話し合うような声が聞こえてきた。

 ベッドから降りたカケルは靴も履かずに裸足のままで、寝起きでふわふわとした気持ちのまま扉の外へと向かった。

「おう! カケル、起きたか! ちょうど飯ができてるぞ!」

「おはよう、ピケル君……」

 声の聞こえる方に目を向けると、そこには大勢の大人と一緒に朝食を作るピケルの姿があった。

 パチパチとたき火の爆ぜる音がして、火に当てられて温められている鍋からは白い湯気が上がり、良い匂いがカケルのところまで漂ってくる。

 ピケルのほかにも知らない顔がいくつもある。どうやらこのテント群に住む者たちのようだ。彼らもピケルと同じように表の世界には家を持っておらず、このあたりで共同生活のようなことをしているようだ。

「カケル君と、いうんじゃったか。ほれ、どうぞ」

 鍋をかき回していた知らない男から、温かいスープの入った器を差し出されたカケルは、戸惑いながらも遠慮がちにそれを受け取った。

「えっと……これ?」

「冷めないうちに、食べなさい。それよりもカケル君。ピー坊とはどういう関係なんだい?」

「ありがとうございます。ピー坊……ピケル君のこと? ピケル君は、僕の友達だよ! 今日も二人で一緒に、坑道に行くんだよ!」

「坑道に? 子供だけで、危なくないかのう……」

「何を言っとるか! うちのピー坊じゃぞ? 大丈夫に決まっとる!」

「そうじゃ。大体わしらの若いころは……」

 カケルたちはいつの間にか、大勢の浮浪者たちに囲まれていた。

 思い思いに過去を語る彼らは、かつてこの街で活躍していた元採掘者だった。

 血の繋がりのないピケルを育て、様々な知識を与えたのもまさに彼らだった。

 何らかの理由で活躍の道を絶たれてしまった彼らは、同じように見捨てられたピケルを見て、同情したのかもしれない。

「そうじゃ! ピー坊よ、わしらが同行してやろうか?」

「爺さんたちは、来なくていい。これは俺とカケルの問題だ」

「そうか……気を付けるんじゃぞ。無理だけは、するんじゃないぞ」

「余計なお世話だって……ほらカケル、もう行くぞ?」

 ピケルが声をかけると、ちょうどカケルは手にしていた皿を空にしたところだった。

 お代わりを注ごうとしている老人に、カケルは「ありがとう、もうおなかいっぱいです」と答えて皿を返し、ピケルのほうへと駆け寄った。

「それじゃあ爺さんたち、行ってくる!」

「行ってきます! お世話になりました!」

「気を付けるんじゃぞ!」

「またいつでも来るんじゃぞ、カケル君!」

 カケルは名残惜しそうに手を振って、先を行くピケルに走って追いついた。

 浮浪者たちは、まるで二人の孫の旅立ちを見送るかのように、姿が見えなくなるまで手を振っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る