13:仲間

「すごい! 似合ってる。格好いいよ、ピケル君!」

 ピケルが採掘者装備を身につけて更衣室を出ると、カケルによる嵐のような大絶賛が待っていた。

 彼が身につけているのは、一般的な採掘者装備の規格を満たした上で、店としてのアレンジを加えられた特注品だった。

 カラーリングを数種類の中から選ぶことができ、ピケルが選んだのはカケルの持つ白を基調とした装備とは対極的な、黒色を基調とした色合いのものだった。

 胸元にはこの店のロゴマークである、鎧とツルハシを組み合わせたような紋章が刻まれていた。

 ピケルは、装備を着た状態で軽く飛び跳ねてみたり手を振り回してみたり、軽くシャドーボクシングをして動きを確認する。

 カケルと店員は、風切り音が聞こえてきそうなほどに鋭い動きに感心していたが、やがて満足したのか最後に手袋越しの右手をグーパーと動かして、その右手を見ながら満足そうにしていた。

「思ったよりも、動きやすいんだな……これ」

「お目が高い! 当店の装備は従来品と比べて、耐久性能を高めているだけでなく、関節部分の稼働率を高めているので、より繊細な動きまで可能としているのです! さあ、ではこちらがピケル様に合ったサイズのツルハシになります。ご確認ください!」

「ツルハシか、こいつも初めて使うんだよな。持ち方はこれであってるのか?」

 ピケルは、ツルハシを両手で握りしめて、よいしょと肩に担ぐ。その姿は確かに採掘者としては様になっているようにも見えるが、さっきまでと比べて動きがぎこちないようにも見える。

「ねえお兄さん、ちょっと気になるんだけど……」

 ピケルが持つツルハシを見て、カケルが何かに気がついたようだ。店員が「はい、なんでしょうか」と返事したのを確認して、カケルはツルハシの先端部分を指さしながら再び口を開く。

「ピケル君のツルハシ、あれには魔石がついていないように見えるんだけど?」

「左様でございます。これから魔石を選ぶのですが……」

 そう言って、店員はピケルの黒い髪を見て言葉に詰まり、慎重に言葉を選びながらゆっくりと話を続けた。

「……あの、失礼かも知れないのですが、その、ピケル様はどの属性が得意なのでしょうか。それによって選ぶ石が変わってきます」

「属性? なんだそりゃ」

 店員の質問に対して、ピケルは「何を言っているのかすらよく分からない」というような顔をしている。

 今まで裏の世界で生きてきて、ツルハシに触れるのも今日が初めてだというピケルにとって、魔力やその属性などの話は完全に他人事で、同時に、全く興味のないことでもあったようだ。


 ツルハシ以外の基本的な魔道具は、魔力の属性などは気にしなくても使えるような設計になっている。なので、今までツルハシなど握ったこともないピケルが自分の属性のことを全く知らないことも、ある意味ではしかたがないというか、当然ことではあったのだが……

 子供の頃に少しずつ髪の色が変化するのとともに、自分の属性が分かっていくのを友達と一緒に比べ合う。それはこの街で生まれた者からすると、当たり前の通過儀礼だった。

 そんな平凡な子供時代を過ごした店員からすると、この歳になっても自分の属性を知らないというピケルの感覚は理解に苦しむところでもあった。

 とはいえあくまで今のピケルは、店員にとってはお客様の立場なので、彼は怪訝な感情は一切表に出さず、笑顔で丁寧に対応する。

「せっかくですので、ピケル様。当店の属性判定機を使ってみますか? ピケル様は、その……髪の色などの身体特徴からは、どの属性が強いのかがわかりにくいようになっているようですので」

「良いのか? 楽しそうだな、やらせてくれ!」

「あ、僕もやってみたい! ピケル君の次は僕もやるね!」

 店員は「分かりました、順番ですよ……」と言いながら、水晶のような透明な球体が取り付けられた魔道具を、棚から取り出して机の上に設置した。

 本来この機械は、ツルハシに取り付ける魔石の質を選ぶ際に、今の自分がどれだけの魔力を出力できるのかを調べるために使われるのだが、同時にその魔力の属性を詳しく調べることができる機能もある。

 使い方を説明するために、まずは店員自身が水晶の上に手を置くと、水晶が透き通った青色に輝いて、ピピピと音を立てながら一枚の紙が出力された。

 印刷された紙には、赤:1、青:180、緑:6、黄:4という数値が書かれている。

「このように、水晶玉に手を置くと、魔力の量や属性を調べることができるのですよ。見ての通り、私は青色の数値が高いので、ツルハシには青色系の魔石をつけています」

「すごいですね、お兄さん! 髪の色も綺麗な青だし、やっぱりすごいです!」

「確かに私はこの街でも平均以上の数値ですが……カケル様、あなたのお姉様は、もっとすごいのですよ? 属性の数値は少なくとも四桁以上ですし、他の属性は私のように中途半端な数字ではなく綺麗な0でした」

 カケルの姉たちは、最高ランクの魔石でも出力が足りないほどなので、本来はこんな機械を使って測定をする必要もないのだが、以前に一度だけ、ルピが店を訪れた際に興味本位で魔力の測定をしたことがあった。

 この店員は、たまたまその時居合わせたので結果を知っているのだが、実際は今話した以上に異常な光景だった。彼女が水晶に手を置いた瞬間に、昼間でまだ明るいはずの店内が、深紅の光りで塗りつぶされて、理論上は壊れるはずのない水晶にひびが入ってしまった。

 ルピが慌てて手を放したところ、印刷された結果は赤が9999となっており、他の値は0が並んでいるだけだった。

 その時の器械は使い物にならなくなったのだが、この店では記念に保管してあるらしい。

 ちなみにそれ以来、トゥインクル・マイナーズの四姉妹はこの店で魔力測定を行うのを禁止され、ルピはそのことで他の姉妹にかなり怒られた。どうやらほかの姉妹も、なんだかんだこの測定器には興味があったようだ。

 そんなことは知らずに、ピケルは「じゃあまずは、俺からだな!」と言って、水晶の上に右手を置く。

 すると……水晶は全く光を出さずに、ピピピと静かな音を立てて一枚の紙を吐き出した。

「あ、出てきたよ! 僕が読むね! えっと、赤が2で、青が1,緑は1で、黄色は3……ごめん」

 測定結果を読み上げたカケルは、申し訳なさそうな顔をして用紙をピケルに手渡した。

 改めて渡された紙に書かれた結果を読むピケルは、これがどういう意味なのかはなんとなく察しながらも、一縷の希望を込めて店員の方を見る。

「なあ店員さん、これってどういう……」

「……まあ、そういうことです」

「そういうことって、どういうことだよ! 俺には魔力を使う才能がないってことか?」

「……おっしゃるとおりです。残念ながら」

 店員は、出力結果を読んで、最初は機械の不調や自分の目のことを疑ったが、ピケルの黒い髪を見てなるほどと思いながらも目をそらしながら正直に感想を伝えた。

 もしかしたら自分には隠された才能があるのでは? 心のどこかでそう思っていたピケルは、がっくしと肩を落としながらも「まあ、仕方ないか」と呟いて、にやりと笑いながらカケルの方に視線を向けた。

「それじゃ次は、カケルの番だぜ! さあて、この歳でも白髪の坊やは、どんな結果になるのかね?」

「えっ……やっぱり僕は良いよ。だってほら、僕のツルハシはもう持ってるし!」

「良いから、ほら、やれよ!」

「ちょっと、ピケル君! そんな無理矢理……分かった、分かった、やるから! ちょ、手を放して! ……あ」

 ピケルがカケルの右手をつかみ、無理矢理に機械の上に置くと、透明な水晶玉がキラリと透明な光を放つ。それは不思議な光景だった。確かに水晶は光っているのだが、全く色がついていない。それは赤青黄緑のどれでもなく、そしてそれは、白色ですらない。透明な光という言葉が最もふさわしく、光を放つ水晶は透明に透き通ったまま、目に見えない不思議な光が店の中にあふれかえるようだった。

 カケルが手を放すと、光は一瞬にして消えて元に戻り、測定器からは結果の用紙が出力される。

「えっと……これは、全部ゼロ? どうなってるの、これ?」

 用紙を受け取った店員は結果を確認すると、「ふむ、やはりそうですか……」と小さな声を漏らしてそのままカケルに説明を続けた。

「カケル様の場合、この機械では測定できない属性をお持ちの可能性が高いです。いわゆる不可視色というものですね……」

「あのさ、店員さん。カケルがそうなら、俺は? 俺もその不可なんとかってやつじゃないのか?」

「いえ、ピケル様の場合、そもそも水晶が反応しておりませんでしたので……」

 店員は、ピケルについて言明はしなかったが、視線を合わせようとせず、何を言いたいのかはその場にいる全員にはっきりと伝わってしまっていた。

「何でだよ! 何で俺はただの色無しで、カケルは不可なんとかってすごそうなやつなんだよ! 理不尽だろ!」

「まあまあ、ピケル君、落ち着いて……色なんてなくても、きっと良いことあるよ! ね、そうでしょ? 店員さん!」

「え、ええ! もちろんですとも! そうですね……ええ、まあ、探せばきっと、良いことも一つや二つ、ないとは言い切れないですよ!」

「おいっ!」

 ピケルは、その場で地団駄を踏みながらも、吹っ切れたように笑っていた。

 ここで駄々をこねても、それで自分に力が宿るわけではないと言うことを、この歳にしてしっかりと理解しているようだった。

「それで、ピケル様……ツルハシは、どうしますか?」

「どうするって言っても、そもそも、どうしようもないんだろ?」

「はい。ツルハシは、埋め込まれた魔石によって真価を発揮しますが、逆に言えば、力を使えない人にとっては重たい棒きれと変わりません……」

「だったら俺は、ツルハシを使わない採掘者になってやる! こんなもの使わなくても、カケルのサポートぐらいだったらできるはずだからな!」

「それって……ピケル君、それって……!」

「ああ。とりあえず、せっかくだからおまえについていくことにするよ。……カケル、俺をおまえの仲間に入れてくれないか?」

「もちろんだよ! よろしくね、ピケル君!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る