14:少年の事情

 ピケルはその後「念のために」ということで、何種類か、実際に魔石を嵌め込んだツルハシを使って試し掘り用の壁を採掘しようと試してみる。

 だが何度ツルハシを振り下ろしても、魔石の力を使うことができないただのツルハシでは、壁には小さな傷の一つすらつけることすらできなかった。

 ツルハシは、はめられた宝石の属性に関係なく、魔力を込めることで、基本的な能力——採掘力強化、重量軽減など——が発動するものなのだが、ピケルの場合はそのあたりの能力すら発動していない。どうやら彼には本質的に、魔力を使う才能がないらしい。

 世の中には、ツルハシ以外にも魔石がはめ込まれた魔道具製品は多くあり、それらの一般的な魔道具は、空気中に存在する魔力を使って効果を発揮するものが多いのだが、人が直接生み出した魔力と比べて、その出力は限りなく弱い。

 一般的な採掘者がツルハシを握ったときの力の強さを100としたら、ツルハシ以外の魔道具で出せる出力は、1にも満たない小さなものとなる。そんな小さな力では、戦闘にも採掘にも使うことはできず、しかもそういった専用の道具でできることは、すべて一本のツルハシで再現が可能となる。

 坑道探索をするには最低限、ツルハシだけは必須と言われており、それは「身体を忘れてもツルハシを忘れるな」ということわざにもなるほど、あたりまえの常識として浸透していた。

 そんなこともあって、ピケルは簡単には諦めようとせず、全く反応を返さない魔石のはまったツルハシで壁を何度もたたいていたのだが、その横でカケルが「ためしに」と言って、ピケルが諦めて放置したツルハシを握り、軽く壁に向かって振るだけで、ピケルでは傷一つつけることができなかった壁が大きく削れ様子を見て、ピケルは今度こそ、完全に吹っ切れたように笑った。

 ……ちなみに、初心者用のツルハシで壁が簡単に崩れた様子を見て、店員は目を丸くして言葉を失っていたのだが、そのことにはカケルもピケルも気づいた様子はなかった。

 ピケルは買う予定だったツルハシを店員に返却し、その代金でいくつかの鑑定道具や坑道探索の時に使う道具を買うことにする。

 店員は、ツルハシを持たずに坑道に潜ろうとするピケルに対して思うことはあったようだが、カケルとのバランスを考えればそれもありかもしれないと思ったようだ。

 あの姉たちが、この二人を放っておくはずもないだろうという考えもあったらしいが。


 二人が店を出ると、街の通りには大勢の人が往来している。魔道具の照明のおかげで道は明るく照らされているが、夜空を見るとすでに陽の光は消えており、星の明かりがキラキラと、街灯のまぶしさに塗りつぶされまいと抗いながら、白くきれいに輝いていた。

 日が沈んでからかなりの時間が経っているが、採掘者の多いこの街の人にとっては、むしろこれからが本番と言ったところなのだろう。坑道から出てきた採掘者達が居酒屋に集まって盛り上がり、これから坑道に向かう採掘者達は出発前の打ち合わせを居酒屋で行っていた。

 客の呼び込みをしている子供や、採掘者パーティーの荷物持ちをしている子供など、カケルやピケルに年の近い子供も大勢いたが、子供だけで何かをしているという姿は珍しかった。

 普通の街では警備隊に補導されてもおかしくない状態だったのだが……今の二人は採掘者の装備を全身に身につけているので「ああ、なんだ採掘者か……」と思われるだけで、特に怪しまれることもなかった。

 店を出た二人は周りの視線のことなど気にした様子もなく、坑道のある方向へと歩いていく。

「ところでカケル。今更の疑問なんだが、カケルはどうして一人っきりで採掘者なんてやってるんだ? 普通は、仲間とかと一緒にやるものなんじゃないのか?」

「そっか、まだ話していなかったっけ。えっと、僕は……その、前にいたギルドを追い出されちゃって。それで今は、一人っきりなんだ」

「なるほどな、つまりカケルは、その人達を見返すために採掘者をやってるわけだ。おまえにもいろいろ事情があったんだな……」

 ピケルは、カケルが「追い出された」と言葉にした時の顔を見て、余計なことを聞いたのだと理解して「すまん」とだけ謝った。

 カケルとしては、何でもないような感じで答えたつもりだったのだが、どうやら心の内を読まれてしまったのだと気づき「こっちこそごめん、気を遣わせちゃって……」と謝って、続けてピケルに質問した。

「えっと、ピケル君は? 家族と一緒に暮らしているの?」

「いや、俺はずっと前から一人で生きているんだが……ハハッ、まあ、俺の場合はもっと事情が単純だ。要するに俺はこの黒髪のせいで親に見捨てられ、こんな黒髪の俺を拾おうとする親戚もないから、一人きりで生きるしかなかったってわけだ。今考えたら、あいつらは俺に魔力がないことを、知っていたのかもしれないな! そう考えると、金儲けに汚いあいつらが、俺のことを利用しようとすらしなかったのも納得できる……まったく、笑えるよな」

「笑えないよ! 僕は笑わない。ピケル君は頑張ってるのに、それを笑うやつは、そいつがおかしいんだよ!」

 ピケルは、カケルのあまりにも純粋な気持ちに目が眩んだのか、まぶたを押さえるようにして顔を隠す。実の親にすら見捨てられ、今まで一人で生き延びてきたピケルにとって、それは記憶にある限り初めての、心のこもった優しい言葉だったのかもしれない。

 カケルの髪は白く純粋で、その心も同じように純白で……ピケルは、髪も瞳も漆黒で、生き延びるために物を盗み、人を騙してきた自分が汚く汚れた存在であるかのように感じていた。

「だけどこいつも、今は汚れもなくて綺麗だけど、世の中に出たらすぐに汚れちまうのかもな……」

「え? ピケル君、今なんか言った?」

 ピケルが漏らした一言は、カケルの耳に届くことなく雑踏の中に溶けて消えていった。

 代わりにピケルは、自分自身の決意を固める意味も含め、カケルを守るための綺麗な台詞を読むことにしたようだ。

「いや、なんでもない。ただ、カケル。おまえのことは俺が守ってやるって決めた……それだけのことだぜ」

「そんなの、当たり前じゃん! 僕たちは友達なんだから。当然僕も、ピケル君が危険になったら命をかけてでも助けるよ!」

「そうか、そうだよな……俺たち、友達だもんな!」

 二人はそのまま気恥ずかしくなったのか、そこからはろくに会話をすることもなく歩いていく。

 やがて二人の前に、坑道の入り口である大きな建物が見えて来た。

 前回は一人きりで、押し流されるようにして超えたその門を、今度は友達と二人で、自分の意志で歩いて超える。

 カケルが受付に視線を向けると、前回案内してくれたエリーゼは別の採掘者とのやり取りに集中しており、二人に気づいた様子もなかった。

 カケルとしても、喧嘩別れのような形になってしまっているエリーゼに声を掛けるのは躊躇してしまうのか、仲直りの機会を失ったことを残念に思う気持ちと、話しかけなくてすんだという安堵の気持ちが入り交じって複雑な感情になっていた。

「なあカケル、ここまで来たのは良いが、本当に採掘に行くのか? 俺はツルハシすら使えないから、役には立てないと思うぞ?」

「ピケル君も、怖いんだね。気持ちはわかるよ。でも、ピケル君には鑑定の知識があるし、きっとなんとかなるよ!」

「別に怖いっていうわけじゃないが……それに、俺には知識があるって言っても、今まで坑道に入ったことは一度もないぞ?」

「うん。それは、僕も似たようなものだよ! 坑道に入ったのは一回だけだし、それも今日の昼間のことだから、でもまあ僕の方がちょっとだけ先輩ってところかな?」

「ハッ、馬鹿言え……こう見えて俺は博識なんだぞ。坑道に関する本は何冊も読んでるし、魔物や鉱石の知識じゃ絶対におまえには負けないからな!」

「どうかな〜? まあ、試してみないと分からないよね! 早速、坑道に入ろうか!」

「そうだな! さっさと行って、お宝をがっぽり稼ごうぜ!」

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