第37話
「そうか、よかったな」
その声は、バオヤの背後から聞こえてきた。
バオヤは今、噴水の縁にあがって広場の人質たちを見下ろしていたのだが、噴水の反対側の広場には誰もいないはずであった。
しかし、たしかに聞こえたのだ。
「そ……その声は、まさかっ……!?」
バオヤがハッとなって振り返ると、そこには、いた。
先ほどまで誰もいなかったはずのベンチに、ふたりの男女が……。
そう、忘れたくても忘れられない、グリードとダイコンであった……!
グリードはベンチの上でふんぞり返り、寄り添ったダイコンから弁当を食べさせてもらっていた。
その場違いなアツアツっぷりに、バオヤは沸騰したように叫ぶ。
「なっ!? 貴様はそんなところで、なにをしているのだっ!?」
「なにって、石材を売りに来たんだよ。この町なら商人もたくさんいるからな。
でも尋ねてみたら人っこひとりいなかったから、ヒマつぶしに弁当を食ってたところだ」
「そ……その石材とやらは、シキリの石材だろう!? ならば、このワシのものではないか!」
「いいや、お前のものなんかんじゃないよ。村も村人も、ぜんぶひっくるめて俺のものだ」
「やはり貴様は頭がおかしい! だが飛んで火に入る夏の虫とはこのことよ!
このワシが覇王となって、最初に血祭りにあげるのは貴様だっ!」
バオヤはそばにあった剣を掴むと、噴水から飛び降りた。
まさに王のような堂々とした足取りで、ゆっくりとグリードたちに迫る。
「ふふふ……! さぁ、抜くがいい……!
このワシも若い頃は、剣でならしたものよ……!
貴様の剣とワシの剣、どちらが強いか勝負だ!」
「ひとりで熱くなってるところを悪がい、遠慮しとくよ。
いまはランチタイムだしな。
それに、お前はもう『問う』必要もなさそうだ」
「なんだとぉ……!?」
「お前は『邪貧』だよ、まぎれもなくな」
「またワケのわからぬことを! さっさと抜け!
でなければ、首が飛ぶことになるぞっ!
ワシの妻には残酷なところを見せたくはないのだ!」
「ワシの妻って、もしかしてダイコンのことか?」
「ええっ!? わたしは旦那様のお嫁さんです!」
「だよなぁ。このオッサン、頭がおかしいみたいだ。
人のものに手を出そうだなんて」
「うるさいっ! 覇王にたてついたことを、後悔させてくれるわっ!」
「やれやれ、すっかり王様気取りかよ。
そんなに一騎打ちごっこをやりたけりゃ、お前がさっき言ってた闘将とやらとやればいいんじゃないか?」
「はははははは! ガルバならすでに我が手に堕ちたわ! 今頃は南側の広場で縛られ、情けなく這いつくばっているはず……!」
「お相手、つかまつろう……!」
それは声だけで人を殺せそうなほどの、恐るべき殺気であった。
「ま、まさか……!?」と振り返ると、そこには……。
老いてなお闘将のオーラを放つ、ガルバが……!
「が……ガルバっ!? 貴様は捕まったはずでは……!?」
「ああ、いちどは巨漢の盗賊たち不意討ちを受け、縛り上げられた。
だが、途中で解放されたのだ。そのスキを付いて、南側の人質は全員解放した」
「と……途中で解放!? なんでっ!?
で……でもこっちにはまだ、北側の人質がいるっ!
人質には貴様の娘もいるんだぞ!」
「父上、加勢いたします!」
すると、さっきまで縛られていたはずのガルバの娘が、剣を構えて飛び込んでくる。
めくるめく逆転劇に、バオヤの覇王っぷりはすっかり鳴りをひそめていた。
「なっ……なんでぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーっ!?
お前は、我が息子や村長……『
バオヤは慌てて噴水へと駆け戻る。
人質がいた広場を覗き込んでみると、そこには……。
なんと、縛られて跪かされている、『
まわりには武器を手にした町民たちがいて、数分前の状況とは、まるで真逆の光景が広がっていた。
「む……息子よ!? ちょっと見ない間に、いったいなにがあったというのだ!?」
「ご、ごめん、パパ……! 人質たちの縄をほどいてあげたんだ……そしたら、襲われちゃって……!」
「そ、そりゃそうだろっ!? なんで縄をほどいたりしたっ!?」
「だ、だって、みんな痛そうにしてて、かわいそうだったから……!」
「ぐっ……うぐぅぅぅぅ~っ! き、貴様がこれほどまでの、超絶バカ息子だったとは……!」
「ぱ、パパ、そんな……!
ぼ、ボクは、『良かれと思って』……!」
そう……この奇妙すぎる逆転劇は、ミニダイコンによるものであった。
ミニダイコンの『
領地を50
人質の身体に縄が食い込んで痛そうだからと、ほどいてやったり。
もしバオヤが覇王になる道を選ばなかったら、この時点で人質が解放されることはなかったであろう。
しかし最終的に人質は助かるし、バオヤが失墜する事実は変わりない。
貧乏神というのは、身近な誰かがひとりでも取り憑かれたら、その時点で『終わり』。
選べるのは『清貧』か『邪貧』という経過のみで、結果はすべて同となる。
そう……!
絶望のフリーフォールが堕ちゆく先は、破滅しかないのだ……!
闘将とその娘に剣を向けられたバオヤは、髪が紙のように真っ白になっていた。
慌てて剣を投げ捨て、五体を叩きつけるように土下座する。
「わ……ワシはなにも知らん! む、無実なんだ!
ちょ、ちょっと悪乗りして、バカ息子がやらかしたことに乗っかってみただけなんだ!
悪いのはすべてバカ息子と村長、ウバイーヌたちなんだ!」
「そんなぁ、パパ! ウバイーヌたちを雇ったのはパパだし、武器を与えたのもパパじゃないか!」
「そ……それは、村人たちが謀反を起こそうとしていたから、皆殺しにするつもりで……!」
「……ワシらを、皆殺しに!?」
ちょうどそこには石材を運んできた村人たちまで居合わせ、状況は最悪に。
もはやバオヤの味方は、ひとりもいなくなってしまった。
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