第36話

 領主のバオヤは自らの膝元といえる、カーソンの町でいま起っている出来事に、白目を剥いていた。

 しかしいくら眼球をこむら返りさせてみても、この悪夢は覚めない。


 『ウバイーヌ』たちの手によって、広場にはこの町の人間の半数ほどが集められ、後ろ手に縛られ跪かされていた。


 今までバオヤのことを、「最高の領主様」と慕ってくれていた者たちである。

 でも今はバオヤのことを「最悪の凶悪犯」とでも言いたげな、怯えきった視線を向けてきていた。


 無理もない。

 今のこの状況では、誰がどう見たってバオヤがテロリストのボスであった。


 その場に居合わせたバカ村長ふたり組が、さらに拍車をかける。


「バオヤ様! お喜びください! この町の住人はこんなにも貯め込んでおりましたぞ!」


「町には衛兵もいるので苦労するかと思ったのですが、バオヤ様から頂いた武器のおかげであっさりと制圧できました!」


 当然のことながら、バオヤはこのテロリズム計画をつゆほども知らない。

 しかしバカな部下たちの手によって、どんどん既成事実が作り上げられていく。


 バオヤは消えそうになる意識を必死で繋ぎ止め、泡を吹きながらも叫ぶ。

 バカどもを怒鳴りつけたかったが、まずは町民の誤解を解くことが先だと、回らない頭を巡らせながら。


「ま……町のみなさんっ! これは誤解です! ワシはなにも知らない!

 そこにいる盗賊どもも、持っている武器も! ワシは初めて見た!」


 バオヤはこの町の人々に対しては博愛主義者で通っているので、『ウバイーヌ』と繋がっていることも、武器を貯め込んでいることも極秘であった。

 どちらも知らないことにして、村長たちの謀反ということにしようとしたのだが、


「あはははは! 面白い冗談だね、パパ!」


「ふはははは! お宝が手に入ったのが、よほど嬉しいようですなぁ!」


「わはははは! そんなに喜んで頂けたなら、ワシらもやった甲斐があったというものです!」


 貧乏神トリオのおかげで、弁解も台無しであった。


「だ……黙れっ! 貴様らが勝手にやったことに、ワシを巻込むんじゃないっ!

 町のみなさん、本当なんです! ワシは本当になにも知らなかったことで……!」


 しかしいくら言葉で繕ってみたところで、縛り上げたうえに全財産没収という事実が重くのしかかる。

 バオヤは究極の選択を迫られることになった。



 ――ぐ……ぐううううっ!


 まさか息子と村長どもが、ここまで間抜けで向こう見ずだとは、思わなかった……!

 3人とも今まで、こんなことをする者たちではなかったのに……!?


 いや、今はそんなことはどうでもいい!

 それよりも、どうすればいいんのだ!?


 いったいどうすれば、このピンチを脱出できる……!?



 選択肢はふたつ。


 あくまで知らぬ存ぜぬを貫きとおし、自分は無関係であることを主張。

 町民を解放して財産を返還させ、息子と村長と『ウバイーヌ』たちを処分する。


 しかしこれには問題点が多すぎる。


 まず、実行したところで誤解が解けるかがわからないこと。

 町民には王都に通じている権力者も大勢いるから、告げ口されたら自分まで共犯として捕まってしまうかもしれない。


 そして、息子と村長は力ずくでもやめさせることができるが、『ウバイーヌ』はそうはいかない。

 もし町民を解放しようとしたら、彼らは襲いかかってくるだろう。


 この状況で、『ウバイーヌ』に勝てる方法など思いつかない。

 となると、残るもうひとつの選択肢ということになるのだが……。


 こちらはさらに高リスクというか、一歩間違えば即、死に繋がる。

 しかしうまくいけば辺境の領主という立場を飛び越えて、出世できる……。


 まさに、起死回生の一手であった……!


 バオヤは脂汗を垂らしながら、必死に考えていた。



 ――もうひとつの選択肢を選んだ時点で、ワシはもう後戻りできなくなってしまう。

 村民たちから絞り取り、左うちわで暮らしていた生活ともおさらばだ。


 しかしこれは考えようによっては、チャンスなのではないか……?

 ワシは辺境の領主で終わるタマではないと、勝利の女神が呼んでいるのではないか……?


 よ、よしっ! ここはひとつ、一世一代の大勝負に、出てみるとするか……!



 否。

 バオヤを呼んでいたのは、『勝利の女神』などで決してない。


 そう、『惨敗の貧乏神』であることを……。

 彼はまだ、知らなかった……!


 バオヤはカッと目を見開くと、腰に手を当てて高笑いする。


「わっはっはっはっ! わーっはっはっはっはっ! たわむれは終わりだ!

 ワシはこの町のクズどもから、すべてを奪い取ってやったぞぉ!!」


 バオヤが選んだもうひとつの選択肢、それは『開き直ってボスになること』であった。


 『ウバイーヌ』たちからは歓声があがり、縛られた町民たちからは批難の声があがる。


「そ、そんな……! バオヤ様がこんな酷いことをなさるお方だったなんて……!」


「私たち貴族を好条件で町に誘致していたのは、てっきり王都とのコネを大事にしているのかと思ったのに……!」


「ま、まさか私たちの財産が目当てだったとは……!」


「わははははは! なんとでも言うがいい! 貴様らの財産はすべてワシのものだ!

 おおっと、この町には南側にも広場があったな! もちろん、そっちの方にも……」


「もちろんだよ、パパ! 町の南側はガッツリとゴッソリが襲って、同じように縛り上げてるところだよ!」


「そうか、でかしたぞ! だが南にはかつて『闘将』と呼ばれたガルバが住んでおる!

 ヤツは老いぼれとはいえ手強いはずだぞ!?

 ちょうどこっちにはヤツの娘がおるから、いざとなったら人質に取ってやるのだ!」


 すると、ガルバの娘はバオヤは気丈に睨み返した。


「お……鬼! 鬼畜! お前は人の皮を被った悪魔だ!」


「わはははははは! ワシは悪魔などではない! 悪魔はグリードだ!

 思えばヤツに関わったおかげでさんざんな目にあったが、ワシはこうして覇王として生まれ変わることができた!

 ヤツには感謝せねばな! わーっはっはっはっはーっ!!」


 すべてを吹っ切ったのか、すっかり上機嫌のバオヤ。

 しかしふと、忘れたくても忘れられない恩人の声が、耳をよぎった。


「そうか、よかったな」

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