第35話

 グリードを倒すために結成された、『貧乏神殺しゴッド・スレイヤーズ』。

 その大ボスとなったのは、領主のバオヤ。


 彼はカーソンの町に住む人々にとっては公明正大な人物で通っていた。

 なぜならば、町には王族や貴族などの権力者がいたから。


 しかし権力者たちの目の届かない村々に対してはとんでもない暴君ぶりを発揮していた。

 だからこそ村人を巻き込む恐れのある作戦すらも、平気で立案できたのだ。


 バオヤは書斎机の上でカーソン領の地図を広げ、兵力の駒を並べてシミュレーションを行なっていた。

 その結果は、どう転んでも圧勝……!


 無理もない。

 100人を超えるゴロツキたちに、金にものをいわせた兵装を与えているのだ。


 いくらグリードがどれほその手練れだったとしても、勝てるわけがない。

 村人は数こそいるものの、戦いに関しては素人だし、武器は竹槍がせいぜいだろう。


 バオヤは圧倒的な勝利を確信し、笑みを漏らす。



 ――ぐふふふふ。

 戦いは事実上、1対100といっていい。


 もし村人どもが加勢するようなことがあっても、目の前で2~3人死ねば、ヤツらは降伏するだろう。

 何かの間違いで村人全員と戦うことになっても、負けはない。


 そうだ、逆に村人たちを生かしておいては、ワシが権利書を奪われたことがバレてしまうかもしれん。


 そんな失態が町の権力者どもに漏れてしまったら、ワシの立場も危うくなるだろう。

 なにせお偉方のなかには、王都と繋がっている者も大勢いるからな……。


 よし、決めた!

 村人は抵抗のいかんにかかわらず、全員殺そう!


 王都には謀反が起ったということにして、新しい働き蟻どもを回してもらえば……。

 ワシの領地は綺麗さっぱり、生まれ変わる……!


 おっと、そうなるといまの村長ゴミどもも一緒に、始末するべきか……!

 ぐふふふふふっ……!



 バオヤが皮算用を用いている頃……。

 奇妙な面々が、膝をつき合わせていた。


 ネッキの村の村長と、シキリの村の村長、そしてバオヤの息子、バムスである。


「ねぇねぇ、ボクも『貧乏神殺しゴッド・スレイヤーズ』に参加させてよ!」


「ええっ、バムス様が!?」


「それは構いませんが、今回は危険なことですから、バオヤ様に許可をお取りになってから……」


「ボクはもう大人だよ!? パパの許可なんていらないよ!

 それとも次期領主であるこのボクに、逆らうつもり!?」


「いっ、いえ! 決してそんなことは……!」


「私は反対しませんよ! バムス様がいてくれれば、百人力です!」


「こいつ、ゴマをすりおって!」


「実をいうとちょっとヘマをしちゃってさぁ、ナイショで活躍して、パパをビックリさせようと思って!」


「……そうだったのですか。実をいうと我々もそのことで話し合っていたのです」


「そのことって?」


 ネッキとシキリの村長は、自分たちがグリードにやられ、村を追い出されたことを語った。


 この村長ふたりは、戦いが終われば再び村長の座に返り咲けることになっている。

 しかし、自分たちでも何か手柄を立てないとヤバいのではないかと思っていたのだ。


 村長たちも窮地に立たされていると知り、バムスは自分の境遇と重ね合わせる。


「なるほど、手柄を立てる方法を話し合っていたのか……。

 なら、ボクもいっしょに考えるよ!」


 三人寄らば文殊の知恵とばかりに、会議の輪にバムスも加わった。


 それ自体は、なんらおかしいことではないのだが……。

 ひとつ、不思議に思うことはないだろうか?


 そう、ハテサイの村長がいないのだ。

 本来ならばハテサイの村長も『ヘマをやった組』として、ここにいなければおかしい。


 しかし、彼だけはこの場にはいなかった。


 さて、ネッキとシキリの村長と、バムス。

 この3人は似ても似つかない者たちであったが、ひとつだけ共通点があった。


 それは……。

 『清貧か邪貧プア・ーオア・プアー』を受けたという点。


 そう……!

 彼らの肩には、いまだ鎮座していたのだ……!


 ミニダイコンという名の、貧乏神が……!


 宿主たちは同時に、手柄を立てるための案を閃いていた。

 それは彼らにとっては天啓とも呼べる、起死回生の一手であったのだが……。


 それは天から降り注いだ智慧ちえなどではない。

 地獄の底から吹き上がってきた、邪智であることに。


 しかし、貧乏神トリオは気付くよしもない。

 これを実行すれば絶対にバオヤは喜んでもらえると思い、下準備のために、揃ってある人物たちを訪ねる。


 それは『貧乏神殺しゴッド・スレイヤーズ』におけるキーマンである、ガッツリとゴッソリであった。


「ま……マジか!?」


「本当に、そんなとんでもねぇことをするのか!?」


「しかし村人たちと違って、ヤツらは……」


「いや、兄貴! 俺たちならできるはずだ! 今なら、バオヤからもらった強力な武器もある!」


「そ、そうだな……! しかもうまくいったら、チンケな村を襲うよりも、ずっと儲かる……!」


「でしょぉ!? パパも絶対に喜んでくれるって!」


「よぉし、それじゃ明日の朝に、さっそく決行だ!」


「おおーっ!」


 貧乏神トリオとガッツリとゴッソリは、ひとつになったように拳を高く掲げた。


 ……もしこの提案が村長コンビだけでなされていたなら、ガッツリとゴッソリは承諾しなかっただろう。

 しかし、バムスがいたおかげで説得力が増し、事はあっさりと進んだ。


 なにせ領主の実の息子で、次期領主ともいえるバムスがゴーサインを出しているのだ。

 それはある意味、領主のお墨付きをもらったも同然といっていい。


 しかし、現領主のバオヤは知らなかった。

 悪夢ともいえる計画が、まさか自分の身内から起りはじめていることに。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 バオヤが悪夢を見たのは、次の日の朝であった。

 いつもと変わらぬ朝を迎えたバオヤが洗面台で顔を洗っていると、息子が急ききって飛び込んでくる。


「あっ、パパ、こんな所にいたんだ!?」


「なんだバムス、朝っぱらから騒々しい」


「パパ! ボク、すごいことをやってのけたよ!」


「なんなんだいったい。権利書の一件以来、お前は謹慎するように言っていただろう」


「そんなことよりも、早くこっちに来て!

 謹慎なんて一発でなくなっちゃうくらい、大手柄を立てたんだよ!」


 待ちきれない様子で腕を引っ張ってくるバムス。

 バオヤは嫌な予感を抱きながらも付いていった先は、町の北側にある広場であった。


 広場に広がる光景を目にした途端、バオヤの顔面は蒼白になる。


 なんと、町の人間たちが跪かされ、人質状態に。

 人質のまわりにはテロリストのように、ウバイーヌのゴロツキどもが囲んでいる。


 広場の中央にある噴水の隣のは、同じくらいの高さの金銀財宝の山が積み上がっていた。

 究極のバカ息子は、嬉々として叫ぶ。


「ほら見て、パパ! この町を襲って、お金や財宝をたくさん手にいれたんだ!

 知ってた? 銀行って、すっごくたくさんのお金があるんだよ!

 パパは気付かなかったみたいだけど、ボクは気付いちゃったんだ!

 ちっぽけな村なんかを襲うより、このほうがずっと儲かるって!

 おかげでボクらは王様だってびっくりしちゃうほどの、超大金持ちになったんだよ!」

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