第33話

 シキリの村は、びんぼう村の領地となった。


 かつてシキリに架けられていた吊り橋は人ひとりが通るのがやっとの幅の狭さで、安定感もなかった。

 村で切り出した石を輸出のために外に運び出すためには人力でなくてはならず、村人たちは重い石を担いで何往復もしていたそうだ。


 しかし新たに架けられた石橋は頑丈で幅広く、大勢の人が通ってもびくともしない。

 穢れ山で飼っていた馬たちを使って、馬車で石を運び出すようにした結果、生産性が飛躍的にアップ。


 石材は石垣や家屋の土台として使えるので、びんぼう村はさらに豊かになった。

 そしてお返しとばかりに、びんぼう村で採れた穀物などを旧シキリの村にも分け与える。


 山と積まれた食料に、びんぼう村の新入りである、旧シキリの村人たちは困惑顔だった。


「ええっ!? こんなに肉や魚や野菜がたくさん……!?」


「こ、これをぜんぶ、ワシらで食っちまっていいんだか!?」


「ゆ、夢みたいだ……!」


「ああ! いままでワシらが食うものは村長から分け与えられていただが、それはほんのちょっぴりだったのに……!」


 この領内では、産物はすべていったん領主に預け、領主の裁量で各村の村長に分配される仕組みになっていた。

 領主と村長の段階でピンハネが行なわれるので、村人の手にはほんの少ししか渡らなかった。


 しかし、今は違う。

 びんぼう村ではもう古株である、旧ハテサイの村人たちが言った。


「そりゃ、グリード様だからじゃ!」


「そうじゃ、グリード様は独り占めせず、みんなに分け与えてくださるんじゃ!」


「それも、子供は育ち盛りだろうとおっしゃって、特にたくさんくださる!」


 その話に、びんぼう村では中堅となったネッキの村人たちも賛同する。


「そうそう! そのおかげでワシらもひもじい思いはせんようになった!

 子供たちなんていつでも満腹じゃ!」


「ほれ、見てみい!」


 見ると、旧シキリの村の広場では餅つき大会が行なわれ、つきたての餅が振る舞われていた。


「はぁい、みなさん、たくさんありますから、仲良く召し上がってくださいね」


 ダイコンから配られた餅を、ジャコをはじめとする子供たちが、仲良く並んで頬張っている。

 それは今までからすると考えられないことで、盆と正月が来たかのような、ありえない光景であった。


「う、うそじゃろ……?」


「餅なんて正月に村長が、ひとつの家に1個くださるだけだったのに……」


「たった1個しかない餅で、いつも子供たちはケンカになっておったのに……」


「わ、ワシらは本当に、夢を見ているんじゃ……?」


「はははは! そうじゃろうそうじゃろう。ワシらも最初は信じられんかった!」


「そうじゃろうそうじゃろう! かつてワシらが仕えてきたネッキの村の村長なんて、そりゃケチじゃったからなぁ!」


「ネッキの村長は村に疫病が流行ってもワシらを助けてもくれず、薬をひとりじめしておったんじゃ!」


「そのうえ最後には、ワシらを見捨てて村から逃げ出したんじゃ!」


「あのクサレ村長、今頃なにをやっておるんじゃろうなぁ……」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 その頃、噂のクサレ村長はというと……。

 深い霧に覆われた野山をさまよい歩いていた。


 もう何日もまともな食事をしていないので痩せこけ、服はボロボロ。

 杖を突きながらでないと、立つこともままならないほど疲労困憊。


 クサレ村長はネッキの村を逃げ出し、領主に助けを求めるためにカーソンの町へと向かった。

 それなりに距離はあるが何度も往復していたルートなので、迷うことなどないはずだったのに……。


「こ……ここはいったい、どこ、なんじゃ……。

 む……村を出て、どのくらい経ったんじゃ……。

 も……もう、だめ、じゃ……」


 砂漠の迷子のように、とうとう行き倒れてしまうクサレ村長。

 しかし、前のめりに倒れることも許されなかった。


 霧のせいで自分が崖っぷちに立っていたことも気付かず、そのまま崖下へと真っ逆さま。

 崖下にある屋敷めがけて、雪崩のように転がり落ちていく。


「ああっ!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 どがっ、しゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーんっ!!


 屋敷はカーソン領の領主である、バオヤの住まいだった。


 書斎で金を数えていたバオヤ。

 窓をやぶって飛び込んできたゾンビのような男に、金をまき散らしてしまうほどに仰天。


「なっ!? なんだなんだなんだ、なんだぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!?

 ばっ、ばけものぉぉぉぉぉーーーーーーっ!?!?」


「あっ、ああっ!? ああああっ、ば、バオヤ様……!」


「な、なんだ、お前はネッキの村長ではないか!?

 なぜ、そんな姿をしておる!? それに用があるならなぜ玄関から尋ねてこないのだ!?」


「そ……それが、それが、それがっ……。

 しっ……失敗しましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」


「失敗した!? まさか、グリードのヤツにやられたのか!?」


 そう、グリードに差し向けられた刺客はシキリの村長だけではなかった。

 妖狐退治を頼んだネッキの村長も、バオヤの差し金だったのだ。


 バオヤはネッキの村長にも、グリードを倒すことができたら『統括村長』にしてやるとそそのかしていた。


 もちろんネッキの村長はその話に飛びついたのだが、相手はなにせ『ウバイーヌ』を倒したという噂のある猛者。

 まともに立ち向かっても勝てる相手ではないと思い、村にいる妖狐を使うことを思いついた。


 グリードと妖狐を戦わせ、潰し合いをさせれば……。

 どっちが勝ってもネッキの村長にとっては旨味がある……。


 そんな目論見だったのだが、結果はすでにご存じのとおりであろう。


 ネッキの村長はバオヤの足元にすがりつくと、おいおい泣きながら事の顛末を語った。


「グリードを討ち取り損ねるどころか、ネッキの村を瘴気により壊滅させてしまっただと!?

 貴様、なんということをしてくれたのだ!?

 ハテサイの村がグリードに奪われて大変だというのに、もうひとつの村まで失ってしまったら……。

 このワシの儲けがさらに減ってしまうではないか!

 しかもワシの屋敷まで破壊しおってぇ! この役立たずめっ!

 息子のバムスといい貴様といい、ワシにとっての貧乏神だっ!

 貧乏神など死んでしまえっ! このっ、このっ、このっ!」


 バオヤは死人に鞭打つかのように、死にかけのネッキの村長を足蹴にする。

 しかしそれを止めるかのごとく、悲鳴が割り込んできた。


「ああっ!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 どがっ、しゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーんっ!!


 ネッキの村長が飛び込んできたのとは反対側の壁をブチ破り、またしてもゾンビが乱入。

 その正体は、もはや言うまでもないだろう。


「ばっ、バオヤ様っ! しっ……失敗しましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」


 そう、シキリの村長であった……!

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