第31話
お目当てのものが俺の手の中にあるとわかった途端、シキリの村長の尊大な態度は崩れ去る。
対岸で聞いていても耳障りに感じるほどに、半狂乱になって喚きはじめた。
「バカなっ!? なんで土地の権利書なんて持ち歩いているんだっ!?
領主様もグリードは頭がおかしいとおっしゃっていたが、まさかそこまでだったとは!」
「普段から持ち歩いているわけじゃねーよ。
お前からキナ臭い匂いがしたから、念のため持ってきただけだ」
「ぐぬぬっ……!」
一瞬にして優位をひっくり返され、拳を握りしめて悔しがる村長。
「こ……こうなったら……! おいっ、我がシキリの村人たちよ!
そのガキから権利書を奪うのだ! そうすれば、そこから助けてやるぞ!」
すると、俺のまわりにいたシキリの村人たちは、一斉に俺を見た。
「ほ……本当だか……?
グリード様からあの紙の束を奪えば……ワシらは飢え死にせずにすむのか?」
「そうとも! グリードはどのみち領主様に処分されるのだ!
そしてこの俺が統括村長になるのは間違いない!
どっちの味方についたほうが得か、言うまでもないよなぁ!」
すると、びんぼう村の者たちが俺を庇うように取り囲んだ。
「そ……そんなことはさせませんっ!」
「だ、ダイコン様の言うとおりだっ! グリード様には指一本触れさせねぇだ!」
ふたつの村は真っ二つになって、睨み合いを始める。
「はははははは! びんぼう村の者たちは、グリード以上の愚か者揃いのようだ!
その状況でかばいだてしたところで、なんの意味もないというのに!」
「い……意味なくなんか、ありませんっ!
だって……わたしたちは旦那様と一心同体なのですから!」
「そうじゃそうじゃ! ダイコン様の言うおとりじゃ!」
「ワシらハテサイの者たちは飢え死にしかけたところを、グリード様に救われたんじゃ!
ハテサイの村長も、領主様もなにもしてくださらなかったのに、グリード様は違ったんじゃ!」
「ワシらネッキの村もそうじゃ! グリード様がいなかったら、今頃は全滅しておったとこじゃ!
だからワシらの命はもう、グリード様のものなんじゃ!」
死をも辞さないびんぼう村の覚悟は、周囲に驚愕の波紋を広げる。
「む、村人に、忠誠心が芽生えるだと……!?
ば、ばかな! 王と騎士じゃあるまいし!
村人は自分が助かるためなら、何でもするような連中のはずなのにっ!?」
「……そりゃ、あんただけじゃよ」
ふと、シキリの村の長老らしき年寄りが、ふらりと歩み出た。
「ワシらだって命は惜しい。いざとなれば自分の身をいちばんに守るは当然のことじゃ。
でも、受けた恩は決して忘れん。グリード様はワシらのために、立派な橋を架けてくださったんじゃ。
だからワシらはグリード様を傷つけたりはせん」
「ぐっ……! ならこの俺は、グリードの吊り橋なんかよりも、ずっと立派な橋をかけてやる!
吊り橋なんかじゃなく、すべてが木でできた頑丈な橋だ!
そんな、町にしかないようなものを、この俺ならお前たちに与えられるんだぞ!
さぁ、わかったらさっさと、そのガキを取り押さえろっ!」
しかし、誰も動かない。
対岸で自分の家が燃えているかのように、シキリの村長は喚いた。
「なにをしているっ! さっさとやれっ! でないとお前たち全員、飢え死にだぞっ!」
しかし、誰も動かない。
「わ、わかった! なら、この俺が統括村長になったら、新しい階級を設けてやる!
その名も『上級村民』だ! お前たちはそれになれるんだぞ!
『上級騎士』みたいでカッコいいだろう!? なっ!?」
しかし、誰も動かない。
「う、ウソだろ、おい!? お前たちはいま、一時の感情に流されてるだけだ!
その村にはもう、食べ物の備蓄なんてないんだぞ!?
だからすぐに飢え死にしちまうんだ、どうだ、怖いだろう!?
今なら許してやるから、そのガキを……なっ!?」
しかし、誰も動かない。
「な……なぁ、俺がシキリの村長になっていろいろ良くなったじゃないか!?
今回のことも、村のことを思ってやったことなんだ!
だから頼むっ、このとおりだ! そのガキから、権利書を奪ってくれっ!」
村長はとうとう、膝を折って懇願しはじめる。
しかし、誰も動かない。
俺は、シキリの村長と村人たちの絆を確かめるため、ずっと事の成り行きを見守っていた。
しかしどんなものかは大体わかったので、口を挟む。
「……お前は、長老のじいさんの言ってたことが、まだわかってないようだな」
「な……なんだと!? 橋なら、俺のほうがよっぽ立派なものを……!」
「違う。じいさんの言ってた橋ってのは、『心の橋』のことだよ」
「こ、心の橋っ!?」
「そうだ。お前は自分の名誉ばかりにこだわって、俺が架けた橋を何のためらいもなく壊した。
でもまぁ、それはいいさ。橋なんてものは、何度だって架け直せるものなんだからな。
でも……人と人とを繋ぐ『心の橋』はそうはいかない。
俺は橋を架けることで、シキリの村の人たちと『心の橋』も架けた。
そしてお前さんは橋を壊すことで、シキリの村人との『心の橋』も壊しちまったんだよ。
だからもう、誰もお前さんの言うことなんて聞きゃしない」
すると、シキリの村人たちが口々に叫ぶ。
「そ、そうじゃ! ワシらはもう、びんぼう村の人間になったんじゃ!」
「人が汗水垂らして作ってくれた橋を壊すなんて、お前は最低じゃ!」
「しかもワシらを平気で巻き添えにしおって! そんなヤツの言うことが信じられるか!」
「もうお前なんか村長じゃねぇ! ワシらはグリード様についていくぞ!」
とうとうシキリの村の者たちから三くだり半を突きつけられ、村長は頭を掻きむしりながら苦しみ悶えた。
「う……ううっ……! うううっ! うるさいうるさいうるさいっ!
うるさぁぁぁぁぁ~~~~~~~~いっ!!
俺はグリードなんかよりずっと偉い、統括村長なんだぞっ!
この俺の命令に従えぬというのなら、そこで全員餓死するがいいっ!
いくらお前らが一致団結したところで、そこからは出られん!
村の外にいるのは、この俺ひとり……!
俺が助けを呼ばないかぎり、お前たちは絶対に助からないのだからなっ!
はっはっはっはっはっ! はーっはっはっはっはっはーーーーーーっ!!」
髪を振り乱し、悪鬼のような形相で哄笑する村長。
ふと、ダイコンの隣にいた、ある村人がつぶやいた。
「あ……あれ? 村長の後ろにある、あの岩……。なんか、動いてねぇだか?」
「えっ? あ……ほんとですね。村長さんのほうに向かって、動いているような……?」
ざわめきはじめる村人たちに、村長もようやく気付いた。
背後から迫り来る、存在に。
ハッと、振り向いたとたん、すぐその場にあった岩は、
ぼーーーーーーーーーーーーーんっ!!
と煙幕に包まれる。
そして、
「ばぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
モモンガのように身体を大の字に広げた、元気いっぱいのキツネっ娘が、飛び出したっ……!
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