第30話

 多少時間はかかってしまったものの、シキリの村に入った俺たちは、飲めや歌えの大騒ぎ。

 新しい橋が架かったことで、シキリの村人たちもお祭りのように大はしゃぎだった。


「ワシらの新しい村長である、グリード様に、かんぱーいっ!」


「かんぱーいっ! グリード様がおられれば、ワシらの未来は明るいぞ!」


 もうすっかり、びんぼう村とひとつになった気分で盃を打ち合わせている。


 ジャコもほろ酔い気分で上機嫌となり、村人たちの前で変化の術を披露していた。

 そこに、ダイコンが絡んでいく。


「ジャコさぁん、木と岩とかじゃなくて、もっと他のものに化けてみせてくださいよぉ

 普段、わたしはジャコさんにさんざんイタズラされていますから、もう見飽きてるんですよぉ」


「ダイコンよ、そなたすっかりできあがっておるのぉ。

 まあよい、今日は特別じゃから、そなたの望むものに化けてやろう。

 ただし、生き物は無理じゃぞ」


「やったぁ、ありがとうございます! それじゃあ、旦那様に化けてください!」


「生き物には化けられんと言ったばかりじゃろうが!」


「それなら、旦那様のお人形さんとかでどうでしょうかぁ?」


「ううむ、また難しい注文じゃのう……。

 まあよい、それっ!」


 ボンッ! と白煙とともにジャコが化けたのは、俺とは似ても似つかない、タヌキの置物だった。

 しかしダイコンは諸手を挙げて大喜び。


「きゃーっ! 旦那様ぁぁ! お慕いしておりますぅ!」


 置物をガッと抱きすくめると、キスの雨を降らしている。


「ぎゃあああっ!? やめろっ、ダイコン! わらわはグリードではないぞっ!」


「またそんなぁ! どっからどう見ても旦那様じゃないですかぁ!

 そうやって照れてるところも可愛いっ! もう今日は離しませんからねっ! チュッチュッチュッ!」


 俺は対岸の火事で一杯やるような気持ちで、神様コンビのジャレあいを見つめる。

 その日の宴は夜遅くまで続き、俺たちはシキリの村の寄合場で夜を明かすこととなった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 次の日。


「たっ……大変じゃ! 大変じゃあああーーーーーーっ!!」


 寄合所に飛び込んできた村人たちの声で、俺は目覚めた。


「なんだ、どうした?」


「ぐっ、グリード様っ、大変じゃ! 大変なんじゃ! 早く来てくだせぇ!」


 酔いの残る頭のまま村人たちに手を引かれ、向かった先は……。

 俺が昨日、橋を架けた村の南側だった。


 しかし橋は壊され、深い谷底の下でバラバラになっていた。

 遅れて駆けつけたダイコンや他の村人たちは、呆然とする。


「こ……こんなに早く、橋が壊れるだなんて……!?」


「いや、壊されたみたいだな。

 支柱に残ったロープを見てみろ、千切れたんじゃなくて、スッパリ切れたような切断面だろう」


「えっ、ということは……」


「誰かが刃物を使ってロープを切り、橋を落としたんだ」


「ええっ? どなたがそんな、ひどいことを……!?」


「はっはっはっはっはっ! この俺だ!」


 対岸から届く笑い声。

 そこには、シキリの村の村長が、ナタを片手に立っていた。


「村に架かっていた橋は、北も南も俺が落とさせてもらった!

 お前たちはもう、そこから出ることはできんのだ!」


 意外な真犯人の登場に、「えええええっ!?」と村人たちはざわめく。

 でも俺にとっては、意外でもなかった。


「お前領主の犬だったってわけか」


 ズバリ言い当ててやると村長は、うぐっと歯噛みする。


「な……なぜ、俺が領主様に頼まれたとわかった!?」


「お前がびんぼう村と併合を頼んできたときから、おかしいと思ってたんだ。

 シキリがもし農村だったら、そうは思わなかったかもしれないがな」


 村が併合を申し出る理由というのは、村民の減少や経済的な理由が考えられる。

 ここ最近は冷害でどこも農作物が軒並み減少しているので、シキリが農村であればありえる話だろう。


 しかしシキリの産業は石材。

 石材というのは鉱物だから、冷害だからといって採れる量が減ったりはしない。


 ある意味、この領内では経済的にいちばん安定している村ということになる。

 そんな村が、よそを併合することはあっても、自らが併合されたがるというのは不自然だからな。


 しかし、シキリの村長は強がっていた。


「だ……だからなんだというのだ!?

 お前がまんまとワシの罠に嵌まったのには変わりはない!

 グリードよ、貴様はその村に閉じ込められてしまったのだ!」


 すると、ダイコンが反論した。


「で、でも……。旦那様は橋を架けることができます!

 たとえ橋を落とされても、すぐに……!」


「バカめ! ワシがなにも知らないと思っているのか!?

 橋は対岸に誰かがいなくては、架けることができぬのだ!」


 そう、そうなのだ。

 橋を架けるためにはまず、対岸にロープを渡さなくちゃいけない。


 そのためには、対岸側でロープを受け取ってくれる人間が必要となる。

 まあ、人を使わなくてもできる方法はあるんだが、対岸に村長という邪魔者がいる以上、それもできない。


 俺は村人もろとも、檻のない牢獄に閉じ込められてしまったというわけだ。

 巻き添えをくらった村人たちは叫ぶ。


「そ……村長、なんでこんなことを!?」


「いくら領主に頼まれたからって、ワシらまで巻き込むだなんて、あんまりだ!


「村長が、びんぼう村に併合してもらうと言ったときは驚いただ! でも、こんな裏があっただなんて……!」


「そうじゃ! ワシらを騙したんじゃな!?

 この村のことを考えて、自分は村長の座をグリード様に譲るとおっしゃったときは、尊敬したのに……!」


「うるさいっ! ギャーギャーわめくな! これは村のことを、ひいてはお前たちを思ってのことなんだ!」


「わ、ワシらを!?」


「そうだ! 領主様はグリードからあるものを盗まれたんだ!

 それを取り替えすことができたら、この俺をすべての村を統括する村長にしてくれると約束してくださった!

 そうなれば俺の一存で、村の南側に橋を架けることだって簡単なんだ!」


「ええっ!? 橋ならもうグリード様が架けてくださったでねぇか!?」


「それを、お前さまが落としてしまったんじゃ!」


「だ……黙れっ! この村に橋を架けるのは、俺の偉業でなくてはならんのだ!

 しかし見ていろ、俺はそこにいるガキが架けた橋よりも、何倍も立派な橋を架けてみせる!

 なんたって俺は、統括村長になれるのだからな!」


 あまりに自分勝手な言い分に、唖然とする村民たち。

 そんな呆れた反応にも、村長は唯我独尊なる高笑いを響かせていた。


「はははははは! 私の完璧なる野望に言葉を失ったか!

 さぁてグリードよ、村長から奪ったものを、どこに隠しているのか白状するのだ!」


 俺は「断る」と即答する。


「ふん、いくら強がっても、お前はもう籠のなかの鳥……!

 飼い主であるこの俺に逆らったら、飢え死にするしかないのがまだわからぬようだな!

 だったら村人たちとともに、そこで干からびていくがいい!」


 しかし、いくら脅してみても俺の態度が変わらないので、村長は焦りはじめた。


「ぐっ……! バカなヤツめ! お前はまだ自分の立場をわかっていないようだな!

 貴様の自白などなくとも、お前の家を家捜しすれば盗まれたものを取り戻すことができるのだぞ!

 領主様だけでなく、この俺も敵に回すような真似をしたら、どんな目に遭うか……!

 いくらバカなお前でも、そのくらいの想像はつくであろう!」


「そうかい、じゃあ今からびんぼう村まで行って、宝捜ししてみろよ。

 だけど、絶対に見つけられないと思うぞ。

 だって、権利書ならここにあるからな」


 俺は、酒を飲んでいるときも、寝るときも肌身離さなかったリュックから、書類の束を取り出した。


「えっ……ええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」

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