第29話
エゴマを手に入れたことによって、さらに豊かになった『びんぼう村』。
その噂を聞きつけたのか、近隣の村の村長が訪ねてきた。
村長というのは年寄りのイメージがあるが、壮年の男だった。
彼は俺の家に通されるなり、いきなり平伏すると、
「グリード様! どうか『シキリの村』も、『びんぼう村』に入れてくださいっ!」
カーソン領は領主のいる『カーソンの町』と、3つの村から成り立っている。
いや、かつて3つの村から成り立っていた、というべきだろうか。
その3つの村というのは、ハテサイの村、ネッキの村、シキリの村である。
今でこそハテサイとネッキは『びんぼう村』となっているが、唯一残っていたシキリの村も併合を申し出てきたというわけだ。
シキリの村というのは岩山に囲まれた村で、主な産物は石材。
石材があればいろいろと便利になりそうなので、俺としては願ってもない話だった。
一も二もなく併合を承知したいところだったが、俺はまだ『シキリの村』のことをよく知らない。
「話はわかった。でも返事の前に、シキリの村がどんなものか見てみたい。案内してくれるか?」
すると村長は「もちろんですとも!」と快活に顔をあげると、
「実を申しますと、新しい『びんぼう村』の皆さんと親交を深めたいと思っておりました!
シキリでは宴の準備をしておりますので、ぜひ村のみなさんでお越しください!
併合の件はどうであれ、びんぼう村のみなさんとは仲良くさせていただきたいですからな!」
人の良さそうな笑顔を浮かべる村長に、神様コンビは好感触のようだった。
「なんだか、明るくてやさしそうな方ですね」「うむ、まだ子供のくせに偉そうな誰かさんとは大違いじゃ」
なんにしても俺たちは宴の誘いを受けることにして、シキリの村に向かうことにした。
せっかくなのでお言葉に甘えて、村人総出で。
俺は『びんぼう村』の村人たちを呼び集め、お土産がわりに大量のテンプラを作らせる。
その他にも採れたての野菜などを持って、みなで村を出発。
俺はいつものリュックを背負って出かける。
さっそくダイコンが「お荷物お持ちします、旦那様」と言ってくれたが断った。
シキリの村の付近は高い岩山と谷が多く、地形も道も
道こそ広いものの、その道を踏み外せば谷底に真っ逆さまなスリリングな土地だった。
途中に断崖に阻まれた道の向こうで、シキリの村の人たちが「おーい」と手を振ってくれているのが見えた。
先導してくれていたシキリの村長が教えてくれる。
「あの者たちがいるのがシキリの村です。
あそこは村の南側で、ここからぐるっと回った北側の吊り橋を渡りますと、あの村にたどり着きます」
「なに? ここからわざわざ迂回しなくちゃならないのか?
この断崖に橋を架ければ、一気に近道できるじゃないか」
「はい、おっしゃるお通りです。私どももそう思い、ずっと領主様にお願いしております」
話によると、シキリの村は断崖に囲まれた孤島のような場所にあり、村を出入りするためには北側の吊り橋を渡らないといけないそうだ。
しかし北側の橋は山道を迂回せねばならず、不便きわまりない。
シキリの村長は、領主に橋を架けてもらえないかと幾度となく直訴したそうなのだが……。
「あのケチオヤジが、橋を架ける金と人手を渋っているというわけだな。
よし、そういうことなら俺に任せろ」
「えっ? もしかしてグリード様が直々に、領主様にお願いしてくださるのですか?」
「それもいいが、もっと手っ取り早い方法がある。俺が橋を架けてやるよ」
すると村長やシキリの村の者たちだけでなく、俺の村の面々までもが呆気に取られていた。
「えっ、旦那様が、橋を……?
あっ、お箸のことですか?」
「いやダイコン、そっちの箸じゃない。俺は渡るための橋のことを言ってるんだ」
「わはははははは! 面白い冗談じゃのう!
橋を架けるには専門の職人がいないと不可能だというのに!」
「知識さえあればそんなに難しいものじゃないさ。さっそくやってみるとするか」
「ええっ、今からですか!?」
「そうだ。下手をすると迂回して行くよりも早いかもしれんぞ」
俺は思い立ったが吉日とばかりに準備を始める。
まずはシキリの村の者たちに頼んで、断崖ごしにロープを投げてもらう。
そのロープを通して、橋を架けるのに必要な工具一式を貸してもらった。
その工具を、びんぼう村の男連中に配る。
「よし、道具は持ったな。それじゃあみんな、これから木を切り倒して、俺が言う材料を揃えてくれるか?」
男たちは乗り気ではないようだったが、渋々ながらも作業をしてくれた。
まさか宴に来て、土木作業をやらされるとは思ってもみなかったのだろう。
それに、橋なんて本当に架けられるのか半信半疑なようだった。
小一時間後、すべての材料が揃った。
橋を吊るための太い杭と、橋板となる厚めの板だ。
杭を断崖の両側に端に打ち込んで、それぞれを結ぶように頑丈なロープを結びあわせる。
あとは命綱を付けて落ちないようにしながら、橋板を通せばできあがりだ。
シキリの村にいる者にも作業を手伝ってもらったので、あっという間に終わる。
作業のあいだずっと、神様コンビは「はえー」と見ていたが、終わってもなおボンヤリしていた。
「ま……まさか……橋を、お箸みたいに簡単に作っちゃうだなんて……」
「わ、わらわは今、タヌキに化かされておるのか……?」
シキリの村の者たちも、まるで化かされている真っ最中かのよう。
「う、ウソ、じゃろ……?」
「こんなにあっという間に、橋を架けちまうだなんて……」
「しかもこの橋、北側にあるのより、ずっと立派ねぇか……」
「ああ、領主様職人を呼んでが架けてくださった橋よりも、ずっと頑丈だ……」
「ワシらが何十年もの間、苦労して迂回していたのは、いったい何だったんじゃ……」
シキリの村長は「ばかな!?」という表情をしていたが、俺と目が合った途端に我に返り、
「み……みんなっ! こ、このお方が、グリード様だっ!
我らシキリの村を導いてくださる、『びんぼう村』の村長様だぞっ!
グリード様はふたつの村を結ぶために、文字どおり橋を架けてくださった!
さぁ、なにをしている! グリード様を、そしてびんぼう村の方々をお出迎えするんだ!」
するとシキリの村人たちは「わあっ」と歓声をあげ、できたての吊り橋を渡る。
そして大喜びしていた。
「す、すげえ! この橋、安定しててとっても渡りやすいだ!」
「北の橋は上を歩くだけでグラグラ揺れるのに、こっちの橋は走ってもほとんど揺れねぇ!」
「しかも村人みんなで渡っても大丈夫だなんて……!」
「これで、あの長い山道を歩かなくても良くなったぞ!」
「ああっ、あの腰砕きの山を歩かなくてすむだなんて、夢みたいじゃあ!」
「これも何もかも、グリード様のおかげじゃ!」
「さあっ、グリード様、びんぼう村のみなさん! 我がシキリの村へようこそ! ごちそうをたっぷり用意してありますよ!」
俺たちは真新しい橋を渡って、凱旋のごとくシキリに入村。
無血開城を果たした英雄のように、村人たちから熱い歓迎を受けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます