第28話

 『じゃこ天』はジャコの大好物となり、びんぼう村にとってのごちそうになった。

 今日も今日とて、グリードとダイコンとジャコは、幸せいっぱいに『じゃこ天』を頬張っていたのだが……。


 その頃、帝国ではとあるイベント会場が新たに竣工されたばかり。

 そして今日、お披露目の日を迎えていた。


 その会場はサッカー場のような巨大なプールが中央にあるのだが、そこはからっぽであった。

 まわりには数万人を収容できるほどの客席があり、帝国じゅうから集められた王族や貴族が着席していた。


 客席の一辺には観客たちを見下ろすような形で、巨大なステージがある。

 壁には巨大な水晶板があり、そこにはびんぼう村の様子が映し出されていた。


 ステージに併設された王座に座るエンヴィーは、水晶板を指さし大爆笑。


「わっはっはっはっ! 見よ! 皆の者! 魚をすり潰して揚げた貧相な料理を口にしておるぞ!

 しかも名前もわからぬ雑魚ばかり! ああでもしないと、マズくて食えぬ魚なのだろう! わはははははは!」


 客席もどっと沸く。

 選ばれし王族や貴族たちが笑うということは、世界が笑っているも同然であった。


「まさかグリードは夢にも思うまい!

 落ちぶれきった生きざまだけでも哀れだというのに、このように世界中の笑い者になっていることに!

 わっはっはっはっ! わーっはっはっはっはーっ!!」


 場内はさらなる嘲笑に包まれ、エンヴィーはご満悦。


「滑稽な余興を提供してくれた礼として、この俺様も貧相な食事に付き合ってやるとしようか!」


 玉座に腰掛けたまま、パチン! と指を鳴らすエンヴィー。


 するとステージ上にあった巨大な瓶が傾く。

 中に入っていた黄金色の液体があふれ、滝となって中央のプールに降り注いだ。


「こいつは、ゴールデン・ペリラ……!

 ワイン1本ぶんの量で1億エンダーの、世界最高級の油だ!

 しかしこの俺様の力があれば、プール一杯ぶん用意するなどたやすいことなのだ!

 グリードの使っている小便のようにせこくて汚れた油とは天と地ほどの差であろう!? わはははははは!」


  『ゴーリデン・ペリラ』はその名に恥じぬゴージャスさで、プールに満たされると、まるで太陽が沈む海のような黄金色の輝きを放つ。

 「うおおおおーっ!」と盛り上がる観客席。


「そしてこれだけの量の油ともなると、熱するのにも時間がかかる……。

 グリードは木を切って薪を作り、火をつけて鉄鍋を熱していた……何時間もかけてな!

 だがこの俺様は、これだけでよいのだ!」


 勇ましい表情で、バッ! と手をかざすエンヴィー。


 しかし、なにもおこらなかった。


 玉座の隣に立っていた太陽神オムニスを睨みつける。


「なにをやっているのだオムニス!? 打ち合わせたとおりにするのだ!」


 するとオムニスは、平らな言葉で尋ね返してきた。


「……本当に、よろしいのですか?

 私は、何度もお止めしたはずですが」


「貴様の指図など受けんと言っただろう!

 それに、今になって中止などできるか!

 この『晩餐会』が成功すれば、俺様の力がさらに誇示できる!

 そうなれば、グリードなどもはやアリンコ以下の存在となるのだ!

 さぁ、さっさとしろっ!」


「……御意」


 オムニスは溜息のような返事を返すと、眼下のプールをチラと見やった。

 すると、それだけで……。


 ……ふわあっ……!


 とプールの油が熱せられ、白煙が立ち上った。

 場内の温度が一気に上がり、客席からも「おおーっ!?」と声があがる。


「わはははははは! 見たか!

 この俺様にかかれば、黄金の海ですら一瞬にして灼熱となるのだ!

 そしてこのプールに入れるのは……!」


 ぬぅっ、とステージ全体を埋め尽くすほどの巨躯が現れる。

 百人以上ものスタッフの手で運ばれてきた巨大クジラであった。


「おっ……! おおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


「これは世界最大のクジラ、ディヴァイン・シー!

 世間では『神の守り神』などと呼ばれて怖れられているが、この俺様にかかれば雑魚同然よ!

 しかし雑魚ながらも、かなりの美味なのだ!

 今日の『晩餐会』は特別に、ここに集まった者たちに『神の素揚げ』を振る舞ってやろう!」


 すると、観客たちはみなスタンディングオベーション。

 最大級の拍手と喝采、そして羨望のまなざしをステージ上に向かって送る。


 エンヴィーはしばらくその歓声に応えたあと、ステージ上の水晶板に向かって告げた。


「見えるか、グリードよ! この黄金の油に、神と呼ばれた魚が!

 しかもこの会場は、今回のために作らせたのだ!

 どれもこれもなにもかも、貴様には絶対に手に入れられぬものばかり!

 貴様にはなにもなく、俺様にはすべてがある……!

 せいぜいそこで、俺様の偉業を指をくわえて見ているがいい!

 わっはっはっはっ! わーっはっはっはっはーっ!!」


 そしてマントを翻しながら、客席に向かって拳を振りかざす。


「見よ! これが俺様の力だっ!

 さあっ、世界を揚げよっ……!!」


 ……ずずっ……!


 押されたクジラがステージから落下、熱せられたプールへと落ちていく。

 それは、巨大な隕石が海に向かって落ちるような光景であった。


 そう……!

 まさに、世界の終わりを告げるかのような……!


 ……どっ、ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!


 クジラが着水した途端、黄金色の王冠のようなしぶきがあがる。

 その迫力に、観客たちは誰もが目を見張っていた。


 そして、誰もが目にする。


 打ち上げられた油が……。

 高波のようになって、自分たちのいる客席を飲み込む瞬間を……!


「ぎゃあああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 客席は阿鼻叫喚の渦と化す。

 王族や貴族たちが、投網からぶちまけられた雑魚のように、びちびちとのたうち回っている。


 楽しいはずの晩餐会は一転して惨劇と化す。

 エンヴィーはなにが起ったのかまだ飲み込めていない様子で、ステージ上で立ち尽くしていた。

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