第27話
ダイコンとジャコは油を使った新しい料理がすっかり気に入ってしまったようだ。
ふたりがあまりにも美味しそうに食べるものだから、調理にも気合いが入る。
俺はさらなるメニューとして、あるものを鉢に入れ、ゴリゴリとすり潰した。
すると、ふたりはさらなるごちそうが出てくるものだと思い、好奇心旺盛な子猫のように「なになに」と覗き込んでくる。
しかし鉢のなかにあった物体を見た途端、病院に連れて行かれるとわかった子猫のようにサッと身を引く。
「だ……旦那様、それはいったい、なんなのですか?」
「これはな、『魚のすり身』といって、小魚をすり潰したものだ」
「それが魚じゃと!? 灰色で、グチャグチャドロドロしてて、まるで泥みたいでないか!
それはきっと、魚をいちばんマズく食べる方法に違いないのじゃ!」
「そんなことはないさ。食べたらきっと病みつきなるぞ」
「そんな気持ちの悪いもの、わらわは口にしないのだ!」
特にジャコは批難ごうごうだったが、俺は無視して調理を続けた。
できあがったすり身を、草履のような大きさと形に整形して、静かに油のなかに沈める。
……しゅわわわわわ……。
と泡立つ魚のすり身。
しばらくすると、灰色だった身がキツネ色になる。
べっとりしていた外見も、ふっくらとしたものに変わった。
「よし、できた」
「うわぁ、見た目がずいぶん変わりましたね。これなら食べ物っぽいです!
これは、なんていうお料理なんですか?」
「これはな、『じゃこ天』だ」
ダイコンはすでに偏見を捨てていたが、ジャコはもう見ようともしていなかった。
「ジャコさん、このお料理、ジャコさんと同じ名前ですよ!
ジャコさんと同じでかわいくておいしそうなので、見てみてください!」
なおもジャコはそっぽを向いたまま。
それでも『じゃこ天』のいい匂いを嗅いで気になりはじめたのか、キツネの耳だけをこっちに向けはじめた。
俺は皿に載せた『じゃこ天』を、ジャコの目の前にお供えしてやる。
しかしジャコは逃げるように身体を回転させてしまった。
「おいおい、そんなんじゃ、お前たちを邪神だと罵っていた村人たちと同じじゃないか」
「なんじゃと!? わらわのどこが、愚かな人間と同じだと言うのじゃ!?」
「そうやって、見た目で判断しているところだよ。お前はそれで村人に苦しめられたんじゃないのか?
この『じゃこ』もお前と同じで、嫌うならせめてひと口でも食べてからにしてほしいと思ってるはずだぞ」
「そうですよ、ジャコさん! わたしも食べますから、いっしょに食べましょう!」
「ダイコンよ、おぬしは怖くはないのか?
元はといえば、あのドロドログチャグチャした、溶けたネズミのようなものだったのだぞ」
例えは最悪だったが、ダイコンの太陽のような表情は曇ることを知らない。
「はい! わたしはこの食べ物を口にするのは始めてですが、絶対においしいって自信を持って言えます!」
「なぜじゃ?」
「だって、旦那様が作ってくださったのと、『じゃこ天』ってジャコさんと同じ名前なんですよ?
わたしの大好きな方々が組み合わさった食べ物なんて、おいしいに決まってるじゃないですか!」
その、疑うことを知らない澄みきった瞳。
その、あまりにも屈託のなさすぎる笑顔。
ついに、重く閉ざされていた心の石戸が開いた。
「やれやれ……おぬしは本当に、人を疑うことを知らん娘じゃのう。
じゃから毎日のようにわらわに騙されてしまうのじゃ。
でもまあ、今日だけは騙される側に回ってみるのもよいじゃろう」
「はい! 騙されたと思って、いっしょに食べましょう!」
ふたりは皿を手に取た。
一枚の『じゃこ天』を同時に箸でつまみあげる
そして顔を見合わせ、「うん」と頷きあったあと、
……ぱくっ!
同時に、ひと口。
ひとりの少女に驚きの花が咲いた。
「おっ……おいしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーっ!?
これが、お魚!? ぜんぜん、お魚の味じゃないです!
ぜんぜんっ、違う食べ物ですっ!
すっ、すっごく美味しい! おいしいおいしいおいしい! おいしぃぃぃぃ~~~~……い」
しかしその驚きは、すぐに消沈した。
なぜならば、目の前で一緒に口にしていた、もうひとりの少女は……。
ほろほろと、涙していたから。
まさかのリアクションに、ダイコンは思わず喉を詰まらせていた。
「ぐふっ!? じゃ、ジャコさんっ!? ど、どうされましたかっ!?」
「う……うま……い」
「えっ」
「うっ……うまいぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
こんなにうまい食べ物は、初めて、初めてなのじゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
絶叫の後、息継ぎをする間も惜しいとばかりに『じゃこ天』に食らいつくジャコ。
すっかり野生のキツネのような目になっていて、ダイコンもドン引き。
「な、なにも、泣かなくても……」
「いや、ダイコン。お前がヨーグルトを初めて食べたときも、こんなカンジだったんだぞ」
「えっ、ええっ!? わたし、ここまででしたか!?」
「ああ、ここまでだ」
気が付くと、ジャコは『じゃこ天』に土下座していた。
「す、すまぬ……! 『じゃこ天』よ……!
わらわは心の底から後悔しておる……! そして、恥じておる……!
危うく、取り返しのつかぬ過ちをしてしまうところじゃった……!
そなたの美味を知らずに生涯を送るなど、万死に値する愚行……!
きっとわらわに謝ったネッキの村の者たちも、このような気持ちであったに違いないのじゃ……!
ああっ、どうかこの愚かなるわらわのことを、許してほしいのじゃ……!」
「あの、旦那様……。わたし、ここまででしたか?」
「いや、ここまでではなかったな」
「おいっ、グリード、ダイコン! なにをしておる!? そなたらも平伏するのじゃ!
『じゃこ天』は文字どおりその身を粉にして、これほどの美味を提供してくれているのじゃぞ!」
ジャコの目が据わっていて怖かったので、俺たちは言うとおりにする。
「「は……ははーっ」」
まさか、すり身を揚げたものに頭を下げる日が来るだなんて……。
帝国にいた頃の俺からは、想像もつかないことだった。
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